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最近、フェイクニュースをめぐる問題が度々報道され、そして論じられている。
英国のEU離脱の是非を問う国民投票や、米国の大統領選では、SNSを通して多くのフェイクニュースが拡散され、投票行動に大きな影響を与えたとされる。フェイクニュースは、主に、ネット上で発信・拡散されるうその記事や、誹謗・中傷を目的にした投稿を指している。
しかしフェイクニュースは今に始まった問題ではない。日本でも太平洋戦争中、大本営発表としてありもしない戦果が報道され、損害はひた隠しにされた。新聞も、国民の士気を高揚し大東亜戦争を勝ち抜くために、思想戦の武器としてフェイクニュースを報道(宣伝)した。

前坂俊之「太平洋戦争と新聞」(講談社学術文庫)は、満州事変から日中戦争、太平洋戦争、敗戦に至る過程で、新聞がどのような報道をして、国民・世論にどのような影響を与えたのか、また軍部はどのような検閲や報道統制を行ったのかを検証した書籍である。太平洋戦争と新聞
新聞に関しては特に「朝日」と「毎日」の報道、論説を中心に検証している。ここでなぜ「読売」がないのか疑問に思うだろう(私もそう思った)。この当時は朝日と毎日が二大全国紙として部数を競っていて、読売はまだ東京中心の新聞であり全国紙にはなっていなかった。
朝日も毎日も、もともとは大阪の新聞としてスタートし、その後東京に進出、さらに昭和10年(1935)に両社とも九州、名古屋に進出して全国紙へと発展した。
朝日の発行部数は、昭和11年に約230万部。それが太平洋戦争が勃発した昭和16年(1941)には約351万部に増加している。毎日もほぼ同じ程度に部数を伸ばしている。これは「戦争によって新聞(メディア)は発展する」の例証である。

昭和6年(1931)、関東軍、軍部の暴走で引き起こされた満州事変が日本の転落の始まりである。
満州事変は柳条湖付近で満鉄の線路が爆破されたことに始まる。当時、政府や軍部は中国側が仕掛けたと公表したが、戦後の東京裁判で関東軍の謀略であったことが明らかになる。
ここで注目すべきは新聞社の報道姿勢である。朝日の報道は、満州事変の前と後とで、その主張が大きく変化している。
事変の4カ月前、大阪朝日は社説で陸軍の独断専行を諫め、満蒙対策を批判していた。この論説は陸軍やその同調者を刺激し、朝日に対する風当たりを強めた。
それが満州事変以降は、軍部を支持し、国際連盟を非難する論調へと変わっていく。これは当初、満州事変が支那兵による満鉄の破壊工作であると伝わったことが影響している。
しかし、新聞の報道はその後もエスカレートし、新聞社が満州駐屯軍の慰問金を募集するまでになった。この慰問金の募集は爆発的な反響を呼び(寄付者の名前と金額が紙面掲載された)、国民の愛国心と排外ナショナリズムを大いに盛り上げたという。
関東軍もこの朝日の協力ぶりに感謝して朝日の社長に感謝状を贈ったそうだ。
そして、毎日は朝日以上に軍部と協力して世論をあおった。毎日は満州権益論の熱心な後援者になったのである。
満州事変について批判的な言論も、数は少ないがあった。
東洋経済新報の石橋湛山(のちの内閣総理大臣)は、新聞や学者、評論家らのジャーナリズムが軍部を恐れ、時代に媚びる姿勢を批判した。

本書によれば言論の自由は二・二六事件でとどめを刺された。五・一五事件と比べ二・二六事件に対する新聞各社の論説は大きく後退し、軍部のテロを厳しく批判・追及する言論は既になかったという。
軍部による言論統制は、昭和11年(1936)国策通信会社「同盟通信社」の発足により決定的となる。通信取材は同盟通信社に一元化され、他の新聞社の経営、編集面での合理化(首切り)が進む。

昭和12年(1937)、盧溝橋事件が起きる。この事件を発端に以後8年間にわたり日中戦争が継続・拡大し、さらに太平洋戦争の引き金になる。政府は首相官邸に新聞、通信社の代表を呼び、挙国一致で政府の方針に協力するよう要請し、新聞側を代表して「同盟」社長が協力を約束した。
さらに、陸軍は内務省警保局に新聞・通信各社の代表を招集し、新聞紙法第27条を発動することについて了承を求めた。
こうして、全新聞は政府と一体となった「挙国一致報道」を推し進め、「暴戻支那膺懲」のキャンペーンを張る。新聞社はその活動全てが戦時色に塗りつぶされていく。
驚くべきは、新聞各社が軍への献納を競い合ったという事実である。例えば、朝日は読者から多額の寄付を集め、このお金で偵察機10機、戦闘機20機、爆撃機10機、刑爆撃機5機など合計90機を製作して献納したという。この後、軍歌が大流行するが、その火付け役も新聞であったそうだ。

太平洋戦争がはじまると言論統制はさらに厳しさを増す。情報局は開戦と同時に各新聞、通信社に対し「大本営の許可したるもの以外は一切掲載禁止」とし、「我軍に不利なる事項は一般に掲載を禁ず」とした。
この結果、メディアは戦争の実態を報道することが出来なくなった。大本営発表は当初の6カ月は戦況を正確に発表していたが、それ以降はでたらめな報道が増えていく。
ガダルカナル島の戦闘に関しては甚大な損害があったが発表はしておらず、戦果は誇張し、被害は隠ぺいする発表が行われた。昭和19年6月のマリアナ沖海戦以後は、ありもしない戦果の発表と損害のひた隠しが進む。
そして新聞社の位置付けは、戦争遂行、勝利のためのプロパガンダ工場へと変質していった。「新聞は思想戦を貫徹するための”紙の爆弾”となった。”新聞は兵器なり”、新聞社は”紙の爆弾を”を製造する”軍需工場”と化した」

フェイクニュースはSNSやインターネット上の情報に限らない。マスコミ報道は必ずしも公平中立ではない。政策や思想に対する各社のスタンスがあり、ニュースにもそれが反映されるから偏りがある。反対の立場の人達から見るとフェイクニュースと感じることもあるだろう。
最近の社会の風潮のなかに戦前との共通点を指摘する人達がいる。しかし、戦前との大きな違いは、多分、権力による言論統制がない点である。言論に対する権力の介入や統制、あるいは暴力による「言論の弾圧」はあってはならないと思うが、一方でマスコミ報道やインターネット上の投稿記事が「言論の暴力」となることもある。情報を発信する側だけでなく、情報を取捨選択する側のリテラシーが問われている。

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