「エッセンシャルワーカー」(田中洋子:編、旬報社)は、そのサブタイトル「社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか」にあるとおり、エッセンシャルワーカーの労働条件の過酷さや、低賃金の実態をあぶり出している。
本書の目的は、
①現場を担う人々の働き方を、現場に即した形で明らかにすること(現状分析)。
②いつからどのようにしてエッセンシャルワーカーの働きが悪化したのかを分析すること。
③どうしたら現在の状況を改善できるのかを、ドイツの例を参考に考察すること。
である。
①の「現場に即した形」にあるとおり、本書にはスーパーマーケット、外食チェーン、自治体の相談員、保育園、学校の教員、ごみ収集作業員、看護師、訪問介護職、運送業、建設業、アニメーター、それぞれの具体的な事例が紹介されている。
本書ではエッセンシャルワーカーを、以下の主要な5類型に分類している。
①小売業における主婦パート(主婦を中心とした低処遇のパートタイム)
②飲食業における学生バイト
③公共サービスの担い手の非正規化・民営化
④女性中心の看護・介護職
⑤委託・請負・フリーランスの担い手本書で紹介されているエッセンシャルワーカーの働き方や組織構造には、多層下請け構造やフリーランスの存在など、私たちIT業界にも共通するところがある。これについては、後ほど考察する。
本書には、思っていた通りというか、「ブルシットジョブ くそどうでもいい仕事の理論」からの引用がある。
(「ブルシットジョブ」は以前にブログ記事で紹介した)
「ブルシットジョブ」では、「労働が他者の助けとなり、人々に便益をもたらし、社会的価値があるほどそれに与えられる報酬はより少なくなる」という一文(仮説?)がある。
先進国では、社会になくても不都合のない高賃金の職種(くそどうでもいい仕事)が増える一方で、社会インフラを支えるエッセンシャルワーカーの賃金は低下していることが指摘されている。
本書では、エッセンシャルワーカーの処遇(労働条件、賃金)が悪化した原因は、(業種別にみればそれぞれ個別の理由があるけれども)、大まかにつかむと以下のようなことが考えられる、としている。
・1990年代以降の長期不況と自由化政策のもとで、日本的雇用システム(終身雇用や年功序列型の賃金制度)を維持することが困難になり、コスト削減や人件費削減が進んだ。
・コスト削減のために、現場の担い手を安く、都合よく働かせる新しい仕組みが広がった。
現場で働く人々に過重労働や低賃金などのしわ寄せがいき、これが日常構造化した。
・このような構造を是とする価値観が普及し、拡大した。
上記のコスト削減、人件費削減に用いられた手法が、労働者の非正規化であり、多重の下請け構造であろう。
特に非正規雇用のパートタイム労働については、2007年に改訂されたパートタイム労働法の影響が大きいという。
「パート労働法が、残業や転勤の有無による処遇格差を法的に正当化した」と指摘している。
これは、本書のなかのスーパーマーケットの事例で顕著である。
正社員は転勤や残業を受け入れている(時間的、空間的な制約を受け入れている)労働者であり、パートタイム労働者(主に主婦)にはこれらの制約がほとんどない。
この制約条件の有無から等級制度は正社員とパートで別建てになっている。その結果、賃金も正社員とパートでは異なり、同じ仕事をしていても正社員とパートでは時間単価が異なるという奇妙な(?)事態が生じる。
この点、ドイツの事例は賃金制度や労働条件が分かりやすく、公平性が高い。
ドイツは基本的に労働者は無期雇用契約で、給与表も一つである。
フルタイム勤務とパートタイム勤務の差は労働時間の差であり、労働時間によって一律に賃金が決まる。
これはドイツが基本的にジョブ型雇用だからだろう。
では、日本もジョブ型に移行すれば良いのでは? と思うけれども、それほど単純ではないのかもしれない。
日本の雇用システムは長らくメンバーシップ型(終身雇用を前提に会社への帰属を重んじてきた)から、これを一気に改革するには抵抗があるかもしれない。
それでも、イケア(IKEA)は2014年に有期雇用のパート制度を廃止し、イオンは2023年にパートと正社員の待遇を同一にする改革に取り組むなど、変化の兆しが見える。
人材不足で特に危機的な状況にあるのが訪問介護職である。
(もちろん、これ以外の運送業や建設業でも人材不足が問題になっている)
都市部における訪問介護職の求人倍率は、2013年度に3.29倍であったものが、2022年度には15.33倍まで悪化している。2025年には介護労働者の不足は32万人に達するそうだ。
訪問介護職の問題は、拘束時間に比べて賃金が低いことである。
これは、訪問から次の訪問までの待機時間が無給であることや、移動時間が低賃金に抑えられていることなどが関係している。
さらに、制度改革でサービス時間が細分化されたことが、労働条件や賃金の悪化に拍車をかけた。
ドイツの介護職も日本と似た状況にあった。
ドイツでも高齢化が進み介護が社会的な課題になっていた。給与水準も看護師、介護士は長い間低い水準に留まっていた。
しかし、2007年頃から給与が上がり続け、この15年間で全てのケア職の給与は1.4倍になったという。
コスト削減、人件費削減が進んだのは民間だけではない。
自治体の相談支援員や、保育士、教員、ごみ収集作業員などでも、労働条件の悪化と賃金の低下がみられる。
これらの背景には、非正規雇用の拡大、民間委託の推進(アウトソーシング)、下請け重層構造など、
民間の事業と共通した構造がみられる。 |
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