「脳と時間」

「脳と時間 神経科学と物理学で解き明かす<時間>の謎」(ディーン・ブオノマーノ:著、村上郁也:訳、森北出版)は、「時間とは何か」という課題を、神経科学と心理学、物理学の観点から解説した図書である。脳と時間
最初に述べておかなければならないのは、「時間とは何か」という課題は(現時点で)まだ未解決であるという事実である。
本書にあるとおり「物理学を育んだもののひとつが、時間を知りたいという我々の欲望なのである」。
「時間とは何か」。この課題に取りつかれた人は他にも多数いる。以前に読んだ、カルロ・ロヴェッリ著「時間は存在しない」で、著者は次のように語っている。
「時間の正体はおそらく人類に残された最大の謎なのだ。時間の正体を突き止めることは、これまでずっと私の理論物理学の核だった」
おなじように、本書の著者は次のように語っている。
「時間についての我々の直感や理論は時間の性質をあらわにしつつ、それと同じくらい我々の脳の構造原理や限界をあらわにする」
「過去と現在と未来が同等に実在するのか、時間の流れの知覚が錯覚なのか、といった根源的な問いへの答えを我々は知らない」

本書のなかで、脳が事物を認識する仕組みが興味深い。少し考えればわかるように、私たちが日常目にする風景は目の網膜には2次元で映る。そして脳はこれを3次元の風景に組み立てている。
脳が風景を組み立てている過程ではいろいろなバイアスがかかる。このバイアス(錯覚)を利用した不思議な絵を見たことがある人も多いだろう。
ここでひとつの仮説が浮かび上がる。
「時間の流れは脳がこしらえた錯覚なのか?」という仮説である。確かに、時間というのは心と同様、実体がないからこのような仮説もあり得そうな気がする。
しかし私たちは明らかに「時間の流れ」を感じることができる。もしかすると、(著者も指摘しているように)時間は現在の物理法則の網をくぐり抜ける何か、なのかもしれない。
例えば、時間が(ダークマターのように)他の物質と相互作用を持たない何かなら、私たちは時間(の実体)を感知することが出来ないのかもしれない(素人には分かるはずもないが、考えると面白い)。
本書のなかで著者は次のように指摘している。
「主観的な時間の感じ方というのは、未解決の科学の謎 ー意識、自由意志、相対性理論、量子力学、時間の本質ー がひしめく中心に腰を据えている」
脳が時間を感じる(計時する)仕組みのなかで本書に面白い指摘がある。
「人類は時間の概念を理解する能力を進化させるにあたり、空間を理解する能力のための回路を流用してきたようだ」
すなわち、時間を感知する(計時する)脳の仕組みは、空間を認識する脳の仕組みを利用しているようなのだ。それでは、脳のどの部分が時間を感知しているのか? という問いに対して、現時点で明確な答えはないようだ。
いま一つ脳が時間を感知する仕組みのなかで面白い指摘がある。
「どのニューロンも単体では時間情報を運べなくとも、集団時計なら経過時間を判別できる(可能性がある)」
これと同じようなことが、カルロ・ロヴェッリ著「時間は存在しない」にも書かれていた。すなわち、「全体は部分の総和以上のもの」のようだ。

本書には、耳から届いた会話を脳が認識するときの仕組みだとか、スローモーション効果、カッパ効果などの面白い話題があるが、私が気になったのは「心理的時間旅行」の話題である。
人間の脳はいろいろの能力を有するが、「将来を予測する能力」はヒト固有の認知能力の1つである(と多くの心理学者が言う)。
ヒトは進化の過程でこの能力を獲得したようだが、この能力はまだ不十分(発展途上)のようなのだ。私たちは過去の経験や、他人から聞いた経験などをもとにして将来を予測し、将来にリスクがあるならそれに対して対策を打つ。
例えば、今後日本では老齢化と少子化、労働力人口の減少がさらに進むと予測するから、若者は将来に備えて貯蓄したり投資をしてそれに備える。
しかしこの将来を予測して対策を打つという能力は「時間的近視眼」という特長を持つようだ。すなわち、時間的に遠い将来のことよりも近い将来を優先するようだ。
時間的近視眼について、著者は次のように記している。
「個人同様に行政も往々にして欲求充足を遅らせることができなかったり、短期的な犠牲を伴う政策実行が出来なかったりして、増税や歳出削減よりも負債増大政策をとることがある」
この記述は現在の日本の経済状況にピッタリと当てはまっている。
日本は世界的に見ても「老齢化と少子化、生産年齢人口の減少」の進み方が著しい。将来の年金財政や保険医療制度、インフラ施設の維持が厳しくなるのは明らかだ。
にもかかわらず、国の借金(GDPに対する借金の比率)は世界的に見ても大きな規模で増え続けている。本来であれば、増税も考えなければならないのに、そのような話題はほとんど聞かない。
(これは想像だが)選挙では増税を唱える候補者よりも、減税を主張する候補者の方が票を集めるのではないだろうか?
すなわち、政府も有権者である私たち個人も「時間的近視眼」になっている恐れがある。
これはSDGsに対する取り組みも同じだ(すなわち、日本の取り組みは世界的に見て遅れているようだ)。
私たちは、脳が有する将来予測の能力には時間的近視眼という特性があることを意識して行動する必要がある。

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Posted by kondo