「マーケティングの力 最重要概念・理論枠組み集」

2023年8月22日

「マーケティングの力 最重要概念・理論枠組み集」(恩蔵直人、坂下玄哲/編、有斐閣)は、マーケティングの力 最重要概念・理論枠組み集今日のマーケティング研究を考えるうえで重要なワード89点を解説した図書である。
重要な単語の数が89個と多いことから、一つ一つのワードの解説は簡潔である。簡潔であるがゆえに、あるワードにかかわる分野を深く掘り下げて知りたい場合は、別途他の図書や論文をあたる必要があるだろう。
本書に出てくるワードのなかには古くから知られている単語もあるが、初めて目にする単語も沢山あった。いや、そもそもマーケティング理論がカバーする範囲が広すぎる。
マーケティングは大局的に見れば企業活動そのものともいえるから、経営理論と被る部分が多い。さらに、ネット販売を始めITを活用する部分が増えているから、IT系の知識(ITを利活用するための知識)も必要になるだろう。
最近は、ネット空間のマーケティング活動を扱う「デジタル・マーケティング」という言葉も市民権を得たようだ。
さらに、マーケティング活動を消費者心理との関係から考えるときには社会心理学の視点からの考察も必要になる。
コトラーは、「行動経済学はマーケティングの別称に過ぎない」といったそうだから、経済学と被る領域もあるのだろう。
このように、マーケティングが扱う範囲は非常に広大だから、重要ワードも多量になり、さらに発達し続けるにつれてワードの数も増えていくのだろう。
なお、念のために記しておくと、本書で取り上げているワードは、古典的に重要な概念と比較的新しい概念をバランスよく選択している、とのことだ。
さらに取り上げた用語はMBAで使用するテキストに載っているようだから、マーケティングを勉強する人にとっては基本的な用語なのかもしれない(私は昔基本的なことを勉強した程度なので、初見の用語が数多くあった)。
本書に登場するワードを一覧して感じるのはカタカナ語が多いことである。これはIT業界にも共通することだが、カタカナ語が多いと胡散臭く感じる部分があるのも事実だろう。
IT業界では、かつて流行った概念を別の用語に置き換えて流行らせる現象がみられるが、マーケティングの世界ではどうなのだろう?
先にも触れたように、本書には昔からマーケティングの教科書で取り上げられてきた用語がある一方で、初めて聞く用語も多い。
例えば本書の第3章にある「ブランドの力」で取り上げている、「ブランド・エクイティ」や「ブランド・ロイヤリティ」は聞き覚えがあるが、「ブランド・アタッチメント」や「ブランド・リレーションシップ」などの用語は初めて目にした。
さらに、似通った概念が登場することも私の頭を混乱させる。
例えば、「エシカル消費(倫理的消費)」と「サステナブル消費(持続可能な消費)」という用語である。どちらも最近流行りのSDGsにつながる消費行動のことだろうと想像がつくが、違いが何か悩む。
エシカル消費は本書の解説によれば、人や社会・環境に配慮した消費行動を表す概念である。
「ブランド・オーセンティシティ」という用語も私は本書で初めて知った。「オーセンティシティ」は、哲学、社会学、文化人類学、心理学、観光学をはじめ幅広い学問分野で議論されている概念らしい。なお、ブランド・オーセンティシティとは、消費者が特定のブランドを「ほんもの」だとみなす主観的な評価を指す。すなわち、消費者は具体的に何を手掛かりに「ほんもの」のブランドだと評価しているのか、が課題だという。
本書で取り上げている分野のなかでITとの関連が深いのは、古くはe-コマースやオムニチャネル、新しいところではデータ分析(最近はデータ・サイエンスと言うようだ)とAI(人工知能)だろう。
データ分析は、マーケティング効果の測定・分析の局面で使われる。データ・サイエンティストには分析対象となる業界の知識(業界知識)とITの知識が必要だといわれているが、マーケティングの知識も求められるということだろう。
AIに関しては、最近流行の生成AIが既にマーケティングの世界で利用が始まっている。
日経コンピューター(2023年7月6日号)に「試練のデジタル広告」という特集が組まれている。同誌は記事の冒頭で「ChatGPTをはじめとする生成AIの影響を最も強く受ける業界、それがデジタル広告業界だ。 キャッチコピーの文言からバナー広告の画像、果ては実写と見まがう人物モデル画像まで、既に生成AIはデジタル広告の素材づくりにフル活用されている」と記している。
本特集のなかには、キャッチコピー文をAIが自動生成する事例などが出ている。「人間の4倍のスピードでデジタル広告を量産する生成AIは、人間の活躍の場を大幅に減らしてしまうのではないか」と記している。
さらに記事だけでなく、画像生成AIを利用すれば、写真やイラストもAIで作成することができる(いまいまのところはまだ品質に問題があるようだが、この種の課題や問題は早晩解決されるだろう)。

生成AIの登場で、写真や映像のクリエーター(および関連事業者)が影響を受ける。
影響にはプラスの面だけでなくマイナスの面もありそうだ。
また、著作権などクリエーターの権利が侵害される恐れがあることも指摘されている。
朝日新聞(2023年8月21日)に、フリーランスで働くライターが仕事の依頼先から単価の引き下げを求められた、との記事が出ている。依頼主側の言い分は、生成AIである程度文章が作成できるようになったから、というものだ。
このようなケースでは依頼主側が独占禁止法上の「優越的地位の乱用」で処罰される可能性があるが、似たような問題は今後さらに増えていくだろう。
(私が知る範囲では、翻訳業なども生成AIに置き換わっていく部分があるようだ)

経営とITの話題
「経営とITの話題」のINDEX

経営とITの話題

Posted by kondo