「心理的安全性の作り方」 (石井僚介:著)

2023年10月9日

最近、「心理的安全性」という言葉を目にすることがあった。
「心理的安全性の作り方 『心理的柔軟性』が困難を乗り越えるチームに変える」
(石井僚介:著、日本能率協会マネジメントセンター」心理的安全性のつくりかたは、心理的安全性とは何か? チームやプロジェクトを、心理的安全性を有する組織に育て上げる方法を解説した図書である。
ITのプロジェクト管理という観点から、チームビルディングの手法の一つとして参考になると思う(とはいえ、本書に書かれたことの全てを実行するのは困難とも感じる)。「心理的安全性」は、1999年にエイミー・C・エドモンドソンが「チームの心理的安全性」という概念を提示したことからはじまる。
この考え方は、「チームのなかで対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念のこと」だそうだ。
ここで、対人関係のリスクとは、「無知だと思われたくない」、とか「無能だと思われたくない」、「邪魔だと思われたくない」などの心理的状況をさしている。
このような否定的な状況下では、人は自分の意見を発言することを控えるようになり、行動が委縮してしまう。
これに対して、チームの心理的安全性が高い状況では、チーム内の学習が促進され、パフォーマンスという成果が生み出される。本書では、日本の文化的背景を考慮して、日本の組織では以下の4つの因子がある時に心理的安全性を感じられる、という。
①話しやすさ
②助け合い
③挑戦
④新奇歓迎
④は少々分かり難い言葉だが、新しい視点からの意見やアイデアを、組織として積極的に受け入れること(歓迎すること)を指しているようだ。先に、個人的見解として「本書に書かれていることの全てを実行することは難しいのでは?」と書いた。その理由は、よほど出来た人間でも実行が困難と思われることもあるからだ。
例えば、本書にはトラブルが発生した時の好ましい対応が例示されている。
「トラブルが起きた時こそ心理的安全性の4つの因子の1つ『②助け合い』がチームにあることが重要です。トラブルが起きたとき、『それはちょうどよかった』と、とりあえず唱えることをおススメします」というのがある。
IT関係者であればたいていの人はトラブル(システム障害)に遭遇した経験があるだろう。特に本番運用中のトラブルは、焦って緊張する(パニックになる)。
この緊張感やプレッシャーはリーダーなど立場が上になるほど強くなるだろう。
自身が直接関係していなくとも、みずほ銀行のシステム障害や、マイナカードの情報漏洩、下請け企業からの個人情報流出など、大きな障害のニュースを見聞きする度に、他山の石とせねば、と緊張感を持つ人も多いのではないだろうか。
このようなときに、「それはちょうどよかった」とプラス思考に転じられる人はいないと思う。たいていの人は冷静さを失って配下の人間を問い詰めてしまうだろう。

そのようなわけで、本書に書かれている心理的安全性を高める行動のうち、納得できるもの、自身で努力すればできるもの、を選択して取り入れていくのが現実的だと思う。
できれば、チームやプロジェクトのメンバーにも心理的安全性の考え方を教えて、組織としての方向性を示してあげるのが良いと思う。
私自身の経験では、プロジェクトで発生する問題の多くはコミュニケーションの問題に起因するものが多いから、4つの因子のうちで「話しやすさ」は特に重要だと思う。

なお本書には心理的安全性に関して注意点が書かれている。
そのひとつは、「ヌルい職場」との違いである。ヌルい職場では人は仕事に対する充実感を持てない。これは心理的安全性とは異なる。
書籍「ゆるい職場(古谷星斗:著、中公新書ラクレ)」の紹介でも書いたが、最近は、パワハラやセクハラなどのハラスメントに神経をとがらせる職場が多いことから、自分が働いている職場は「ゆるい職場(仕事の負荷が高くなくて叱られることもなく、居心地がいい職場)」だと感じる若者が増えているという。
「仕事がゆるくて辞めたい」と考える若者も多いというから、この点は注意が必要だと思う。
組織開発では、「③挑戦」や「④新奇歓迎」の因子も取り込むように考える必要がある。

本書には「リーダーシップとしての心理的柔軟性」の解説がある。
ここで、リーダーシップとは「他者に影響を与える能力」のことであり、「リーダー」とは区別して用いられる。すなわち、リーダーシップはリーダーのみに求められるスキルではないということだろう。
「心理的柔軟なリーダーシップとは、状況に合わせて、場面ごとに、より役に立つリーダーシップを切り替え使い分ける柔軟性を持つ」とある。
リーダーシップ理論は昔からあるが、近年は環境や状況に合わせてリーダーシップの型を変える、という考えが主流である(条件適合理論など)。
(すなわち、リーダーシップの型は本書に書かれているスタイルが全てではないだろう。どのようなスタイルを用いるかは、各自が判断しなければならないだろう)

本書には心理的柔軟性の3要素というのが書かれている。
①必要な困難に直面し、変えられないものを受け入れる
②大切なことへ向かい、変えられるものに取り組む
③変えられないものと、変えられるものをマインドフルに見分ける

③にある「マインドフル」や「マインドフルネス」も最近よく見かける用語だ。
本書では、「いま・この瞬間に注意を向け、この瞬間の体験に気付いていること」
そのために、「言葉の世界から距離をとること」がポイントだと、書かれている。

3要素のうちの①は、マインドフルネスについて書かれている本(「スタンフォード大学 マインドフルネス教室」、スティーヴン・マーフィ重松:著、講談社)のなかの「受容(Acceptance)」に該当するだろう。
受容とは、「コントロールできないものは諦める(仕方がない)」という意味であるが、このような意味での受容は、「逆説的に心を開放して前進を促すものと考えられている」とある。

マインドフルやマインドフルネスの考え方は、東洋的なものの見方に由来している(と思う)。
このような考え方が出てきた背景には、西洋的なものの見方(主観と客観、あるいは主観と対象物との分離)の限界にあるのだろう。
書籍「科学者はなぜ神を信じるのか」(三田一郎:著、ブルーバックス)にもこの点の言及がある。
科学者のなかにも西洋的なものの見方に限界を感じて、東洋的なものの見方との相補的な関係性を追求している人がいるようだ。

本書(心理的安全性のつくりかた)にも、「『思考=現実』から脱却するべし」との説明がある。
「『思考=現実』とは赤いメガネをかけている状態(バイアスがかかった状態)である。人間は無意識のうちにバイアスやステレオタイプで人を判断してしまって、その人のポテンシャルを活かし切れなくなる」とある。
このような考えは、般若心経の一節「遠離一切顛倒夢想」と呼応する。
このようなものの見方を実践することは「言うは易く行うは難し」である。
繰り返しになるが、本書に記載されている望ましい行動について、自身で努力すればできるものを選択して取り入れていくのが良いと思う。

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