2016年 10月

新田次郎「孤高の人」は、大正から昭和初期にかけて活躍した不世出の登山家、加藤文太郎をモデル(モチーフ)にした山岳小説である。
小説に描かれている加藤文太郎は正に孤高(孤独を強調した)の登山家である。無口でぶっきらぼうな物言い、群れることを嫌い常に単独で行動する、そして青春の全てを山に捧げる男。孤高の人
そして加藤は他人とコミュニケーションをとることを大の苦手としている。口下手でぶっきらぼうだからよく人と衝突する。誤解を受けることも度々である。
相手に微笑む、などの行為には慣れていないからだろう、好意を示すつもりで無理に微笑んで、却って相手との関係をこじらせてしまう。加藤の微笑を初めて見た人は、みな疑惑と不信感を感じるのである。
相手を見下したような嘲笑ともとれる微笑が加藤の癖である。
他人とのコミュニケーションが下手なことが、加藤が単独行を続ける要因にもなっている。彼はどこの山岳会にも所属せず、単独行にこだわる。

加藤の性格や態度は、いかにも山男という感じだが、少々ステレオタイプ的に描かれ過ぎているようにも感じる。無口で無骨な加藤であるが、時には20代の青年らしい一面も覗かせる。
令嬢に恋心を抱いて悶々としたリ、孤独と向き合っている登山の最中に突然、そして無性に人恋しくなったりする。
コミュニケーションが苦手で、相手から誤解されることが度々あるにもかかわらず、山で出会ったパーティーの人たちと行動を共にしたい衝動に駆らたこともある。
こういう人間臭い面が描かれることで読者は少しホッとする。

物語は、加藤文太郎が故郷浜坂の高等小学校を卒業し、神戸にある造船所の技術研修生として就学する時代から始まる。
加藤に山の魅力を教えたのは、研修所の教官で技師でもある外山三郎である。外山は大学時代に山岳部に所属していたこともあり、その方面の人脈と、山に関する豊富な知識を持っている。
また、加藤が苦境に直面したときに手を差し伸べたり、家に招待するなど、公私にわたって加藤を指導し、かわいがってくれる加藤の理解者である。
加藤はいつしかヒマラヤに行くことを目標に決める。ヒマラヤに行くために生活を質素にしてせっせと貯金する。職場の同僚の誘いにも応じない徹底ぶりである。
このヒマラヤ貯金のことは外山三郎にさえ黙っている。加藤の内に秘めた強い想いである。

加藤は昭和4年の1月に八ヶ岳に入って以来、毎年の有給休暇のほとんどを冬山登山にあてがう。
そして、日本海側の富山県から日本中部の山脈を横断して信濃に出るという、10日間の冬山単独行に成功する。
この頃から、不死身の加藤文太郎、単独行の加藤文太郎と言われるようになり、登山家の間でもその名が知れ渡る。
冬山の単独行で遭遇する数々の困難と、それを乗り越えていく場面は、読者が一番引き込まれる部分であるが、物語には、思想弾圧や恐慌など当時の暗い社会の空気も描かれている。
また、加藤が好意を寄せる女性や、加藤に好意を寄せる女性も登場するのだが、彼女たちの心情の変化についての描写は少々物足りないし、女性像を類型化し過ぎているようにも感じる。

昭和10年の年末、単独行の加藤が一度だけパーティーを組んで冬の山行を決行する。加藤を尊敬し、半ば一方的に彼を師と仰いでいる宮村の願いをかなえるため。
しかしこの登山は悲劇的な結末へと通じる山行であった。

作者の新田次郎氏がこの小説を書くときに参考にした図書に、加藤文太郎自身が書いた「単独行」がある。この「単独行」は青空文庫で出ており、例えばamazonのkindle(電子書籍を閲覧する端末)があれば無料で読むことができる。

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