2018年 7月

ブライアン・アンドレー・ヴィクトリア著「禅と戦争 禅仏教の戦争協力」は、日清戦争から太平洋戦争に至る時期を中心に、禅仏教が如何に戦争に加担していったのかを検証したものである。
米アップル社創業者、スティーブ・ジョブズが禅(ZEN)を学んでいたことなどもあって、禅が今静かなブームのようだ。
禅やその指導者(その道の達人)については「良いこと」や「すごいこと」ばかりが報道されるが、禅には負の側面があったことも考えなければならない。
例えば、世界の禅者として紹介されることが多い鈴木大拙も、本書では批判の対象となっている。若き日の鈴木大拙は、太平洋戦争には反対の立場であったが、日本の植民地政策については、それが正義であると考えていたようだ。
太平洋戦争に反対していたのも、彼が10年近くアメリカで生活した経験から、日本とアメリカの国力の差を知っていたからに他ならないという、消極的な理由からではなかったのか、と著者は見ている。

著者のブライアン・アンドレー・ヴィクトリアは日本で禅の修行を積んだ米国人であり、訳者のエイミー・ルイーズ・ツジモトは米国生まれ、日系四世のジャーナリストである。
本書の内容を手短に知りたい向きは「訳者によるあとがき」を読むことをお勧めする。本書の主張が簡潔にまとめられているだけでなく、ジャーナリストの視点から、訳者の意見が添えられている。
「現代の日本では、先の戦争責任とは一切が当時の国家リーダーたちにのみあったとみなされがちなこと。だが、本書からも分かるように当時の日本は、「国家神道」のみならず、大半の仏教者たちが、そして「禅と剣」を誇りとする禅者たちが、「戦争」への、そして「敗戦」への道に加担したことは紛れもない事実である。」
「現在の日本は、70年前の日本人全体が受け入れた「狂気」が、「新たな狂気」となって台頭しかねない時代状況といっても過言ではなかろう。・・・日本人はもう少し、先の戦争を掘り起こし真摯に向き合うべきではないかということである。」

本書のタイトルが示す通り、その中心テーマは禅仏教と戦争との関わりであるが、戦争に加担したのは禅仏教に限らない。
1930年代、「皇道仏教」という運動が起こる。これは、仏法を王法の指導の下に置くものであり、当時の既成仏教教団のほとんどが、国家とその政策に、一切の異議を唱えることもなく従順に従った。もう少し視野を広げ、宗教界全体を見渡しても、神道や仏教だけでなく、キリスト教も戦争に協力していた。
さらに言えば、(本書には記載はないが)新聞や放送などのマスコミも、こぞって戦争プロパガンダに加担していった。訳者の言う通り、今日から見れば狂気の時代であった。

戦争に加担した人物として本書で指摘されている宗教家(禅者)には、鈴木大拙の師、釈宗演や沢木興道、大森曹玄はじめ名だたる人物が名を連ねている。
仏教哲学者、教育者として有名な井上円了は反キリスト教的仏教徒であるとともに、天皇と公民は君臣一家であると主張し「戦争の哲学」という論文を発表しているそうだ。
また、原田祖岳や安谷白雲は狂信的な軍国主義者と指摘されている。

禅が戦争プロパガンダに利用された理由のひとつに「剣禅一如」の思想があげられる。剣禅一如の歴史的・思想的背景について、本書にはほとんど記載がないが、禅は剣に限らず日本の思想や文化と深く関わっている。
仏教思想(および中世日本)の重要な思想概念に「道理」がある。道理とは、文字通り「道(みち)」の「理(ことわり)」であり、仏教でいう「理法」や道教の「道(タオ)」、あるいは数学者や物理学者が考える「宇宙の法則」にも通じるところがある(と思う)。
この「道」は中世日本の文化とも結びついている。剣と「道」が結びついて「剣道」(あるいは武士道)という。同じように柔道や、茶道や華道も「道」と結びついている。
これらは禅思想の影響を受けているとも考えられるし、禅仏教と同じく、道の理を明らかにするという意味において共通の理念を有していると考えられる。
例えば、宮本武蔵の五輪の書の「空の巻」は、剣の道と仏教の「空」の思想とを関係付けている。空の巻には次の一文がある。
「武士の行う道、少しも暗からず、心の迷うところなく、朝々時々に怠らず、心意二つの心を磨き、観見二つの眼を研ぎ、少しも曇りなく、迷いの雲の晴れたる所こそ、実の空と知るべき也」

武士道精神という言葉がある。
「武士はいつでも自分の命を投げ出す覚悟がある」というのがその中心的な考えである。これは 江戸時代中期の書物 「葉隠」による影響が大きい。(しかし、柳田聖山によれば、葉隠は実際のところ、サラリーマン化した武士に対してカツを入れるのが目的であったから、この書物の内容を鵜呑みにするのは少々危険である)
武士および兵隊に求められる「死を克服する」ための手段として禅が利用された。武士道精神と禅が結び付き、忠孝心や自己犠牲、大和魂といった精神論が喧伝された。
鈴木大拙は「禅と武士道」のなかで、武士道の世界観は禅のそれと全く一致する、と言っている。しかし、国家への忠誠心や自己犠牲、天皇に対する忠孝の精神などは、 仏教よりもむしろ儒教思想に由来していると思う。

(本書に明確な指摘はないが)禅に限らず宗教が戦争に加担した要因の一つに「教団」の存在があると思う。教団の指導者には、自分たちの教団を守る、あるいは教団の地位を向上させたい、という動機が働く。
明治政府は国家神道を掲げていたから、神道以外の教団、臨済宗や曹洞宗、真宗、浄土宗などの仏教教団は、その存続をかけ、競って戦争に加担していった。キリスト教団も同様である。
教団(組織)を存続させるための力学が働き、組織内の人間の思考は均一化し、極端な方向へと向かう。このような教団が有する心理的傾向は、地下鉄サリン事件などで計29人の犠牲者を出したオウム真理教にも通底するところがあるのではないだろうか。

真宗が戦争を正当化した論理に「真俗二諦論」がある。これは、仏教の真理(真諦)と世俗の真理(俗諦)が、ともに真理として矛盾せず、両立するとした論である。日露戦争時、真宗の門主は、真俗二諦論、王法為本の立場から積極邸に戦争に協力するよう、門徒に呼びかけたそうだ。

仏教思想には道徳的な善悪、すなわち二項対立(二元論)を超越しているところがある。戦争への加担を考える時は、この点も考慮すべきであろう。
道徳的な二項対立を超越している点が、時代に都合の良い解釈を生んだ可能性があるように思う。都合の良い解釈という点では、公安や禅語などもこれに該当する。
禅の公安は、もともと我々素人には理解し難い(何を言っているのか良く分からない)ところがあるから、都合の良いように解釈される(誤解される)危険がある。
例えば、本書にも引用がある無門関の第14則に「南泉斬描」がある。この公安は読んで字の如く、南泉和尚が猫を斬ったという逸話である。
この話を、命をとる(殺人)と解釈した人物(当時の暗殺者集団のリーダー格)がいたようだが、安谷白雲(この老師も本書によれば極端な民族主義者なのだが)によれば、猫は「自己本来の面目」を表す「符牒」である。
すなわち、「庭前の柏樹子」や「麻三斤」と同じ。猫を斬るとは、分別妄想が出てくるもとを斬る、という意味である。
仏教では、分別(二項対立的ものの見方)を超越しろと言っているから、善悪を識別する世俗的道徳に関しては何も語っていない、ともいえるだろう。

多くの仏教指導者が戦争に加担するなか、これに異を唱える人はいなかったのだろうか?
非戦論者は、教団の指導レベルではなく。市井の人々に近いところにいたようだ。大逆事件で裁かれた内山愚童(箱根大平台にある林泉寺の第10代住職)は、天皇制に反対し、小作民の貧困に寄り添っていた。
同じく大逆事件で裁かれた高木顕明(真宗大谷派・浄泉寺の住職)は、非戦の立場から日露戦争に反対し、部落差別の解消に取り組むなど、平和と平等を実践した人物である。また、日中戦争時に「戦争は罪悪である」などと発言した明泉寺住職、竹中彰元がいる。
内村鑑三は、日露戦争の際に非戦論を唱えたことで知られる(ただし、日清戦争の際には主戦論の立場であったという)。

戦後、鈴木大拙は次のように言っている。
「お悟りにはお悟りの世界がある。それだけで戦争の是非などを判断し得られるものではない。世界の紛争にはその紛争に処すべき知性的な分別が入用である。」
宗教の本質は「信」にあると思うが、我々が実生活に処していくためには、信だけでなく知識と理性が必要である。
柳田聖山は戦後の1955年、突然僧衣を脱いだ。
その背景には、臨済宗の戦争協力、特に戦時中に大言を吐いて戦争を支援した指導者たちが、一夜にして平和主義を唱え始めた欺瞞に対する怒りがあった。
柳田聖山は、「私にとってあの衣は戦争責任の象徴です。当時あの法衣が戦争を肯定した。もう一度着る考えはありません」と言ったそうだ。

 

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