2021年 3月

橋元淳一郎「空間は実在するか」(集英社インターナショナル新書)の冒頭で、著者は「時間論」はあっても「空間論」はあまり聞いたことがない、と指摘している。これに続けて、「しかし、本当は空間は時間より不思議な存在なのである」と述べている。
しかし、表題および著者の冒頭での言及に反して、本書では時間論に多くの紙幅が割かれている。これは量子力学の世界では時間と空間の区別がないからであろう。
私は物理学に関しては素人であるが、類似の書籍を読むと、相対性理論では空間と時間は「時空」と称して区別がないようである。空間と時間は同じ次元で、世界線では時間軸を実数で表し、空間は虚数で表す(その点が違うといえば違うようだ)。
本書は、時間と空間に関する物理学的な考察が大半であるが、生命の話や哲学的な話題にも言及していて面白い読み物になっている。
また、AI(人工知能)に関する話題や、三体(中国の作家劉慈欣の長編SF小説で世界的なベストセラーになった)の話がさりげなく盛り込まれている。
本書の特徴は、「時間の流れは生命の中にあるのではないか」と指摘している点にある(と思う)。
時間の流れ(過去から未来へと流れるベクトルの時間)が生命のなかにあるとすれば、生命が存在しないところには時間の流れは存在しないということになる。
時間の流れと生命は密接に関連しており、著者が道元禅師の著書である「正法眼蔵」の「有時」の巻に着目している点も(個人的に)同感である。
「有時」の巻では(著者は言及していないが)、「経歴」という事象に関して、時間は過去から未来に流れるだけでなく、現在から過去にも流れ、未来から現在にも流れる、というようなことが書かれていて、思索として興味深い。(これは哲学的な思索というよりは、内観法的な直観なのかもしれない) 

生命(あるいは生物学)と時間との関連については、エヴァ・ホフマンの「時間」という著書のなかにも言及がみられる。
「過去数十年のあいだに、生物学的な時間に関わる「時間生物学」という新しい学問が生まれ、時間と生物の行動の関係について詳細な観察や精密な計測に基づく研究が進んでいる」
エヴァ・ホフマンの著書には「時間と心」に関する考察もでている。「私たちは、生物として時間によって形作られているだけでなく、心で時間を知覚しているのである。時間がなくては心的活動を行う能力が損なわれる」

本書によれば時空(時間と空間)の起源は、ビッグバン直後の「ヒッグス場」の生成にあるようだ。
「ビッグバン後、ヒッグス場が生まれ、それによって質量を持った素粒子が生まれた。この瞬間に時間と空間が生まれたのである」
「素粒子が質量を持つことになったのは、真空の相移転によって、たまたまヒッグス場という場が生まれたからである」と解説している。
さて、方向性を持つ時間(過去から未来へと流れる時間、ベクトルの時間)は物理学には存在するのか? この点に関して、著者はそれを熱力学第二法則(エントロピー増大則)に見出しているようだ。
この点は、カルロ・ロヴェッリも同様の指摘をしている。カルロ・ロヴェッリは「時間は存在しない」という著書のなかで次のように述べている。
「熱力学第二法則の式は、基本的な物理式のなかで唯一、過去と未来を認識している」
「過去のエントロピーの方が低いという見方は、自然を近似的、統計的に記述したときにはじめて生じる。過去と未来の違いは、このぼやけ(粗視化)と深く結びついている。ミクロな状態を観察すると、過去と未来の違いは消えてしまう(ミクロな記述では過去と未来は対称である)」

生命と時間の流れに関して著者の考察をもう少し追ってみる。著者は、生命とは「生きようという意志」を持った分子機械だと述べている。そして、「生きる意志を持つことは、時間の流れを創ることと同義である」という。
時間の流れを生み出すメカニズムには、情報と過去の記憶が不可欠の様だ。いまいまの情報(例えば視覚が捉えた現在の情報)と、直前の情報(視覚が捉えた少し前の情報)との差異(視認情報の過去と現在との差異)を認識することが、時間の流れを作り出すメカニズムの根本である。
過去の情報を保持するためには「記憶するためのメカニズム」が不可欠である。さらに、「生きようという意志」は「常に崩壊の恐怖と闘うところ(すなわち生命が「死」に抗うところ)から生まれる」としている。
この文脈から考えると、崩壊の恐怖を持たない人工知能(人工知能を持ったロボット)は、「生きようという意志」を持てないと考えられる。
なぜなら、人工知能(AI)を持ったロボットは、壊れた部品を交換すれば半永久的に生存できるだろうから。
著者は、「AIが進化して人間のような自己意識をもつことがあるか、という問いは非常に興味深い」と言っている。しかし、「生きようという意志」も持てないAIが自己意識を持てるのか? この点は、はなはだ疑問である。
また、著者は「AIは自らに有利なプログラムを自らの判断で選択する」ことで進化すると考えているようだが、この点にも疑問が残る。
AIは、「人間が作った」アルゴリズムの優劣を判別できるだろうが、自らアルゴリズムを創造することができるのだろうか?という疑問である。
もしそれが可能になったら、多分、人間はそのアルゴリズムを理解できないだろう。完全なブラックボックスだ。
このような未来が来るとしたら、人間は物事の判断をAIという名の巫女に委ねるに等しいのではないか?
オラクル (Oracle).には「神託」という意味があるから、オラクル社がこのようなAIを開発する可能性は否定できないが・・・。

最後に、著者は「物理学では説明できない何かが、生命と時空にはある、と信じざるを得ない」と述べている。
カルロ・ロヴェッリも同じような感覚を抱いているようだ。
「時間は、様々な近似に由来する多様な性質を持つ、複雑で重層的な概念なのだ」
結局のところ、「時間とは何か」という問いは、物理学だけでなく、哲学や心理学、生物学、神経科学を横断する未解決課題なのだろう。そして、この問いは(私を含む)それぞれの分野の門外漢である人たちにとっても興味を引くテーマであることは間違いない。

 

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