以上が本書の概要(私が理解した範囲の概要)であるが、主にITの観点から私が感じた点を以下に記す。
本書に登場するGAMMA(グーグル、アップル、メタ、アマゾン、マイクロソフト)は、(巷でよく言われているように)プラットフォーマーである。
彼らはクラウド基盤や、検索エンジン、レコメンドエンジンなどで圧倒的な力を有しており、検索エンジンなどではほぼ独占的な地位を築いている。日本は明らかに彼らの後塵を拝している。
しかし、ITの歴史を振り返ってみれば、これは今に始まった話ではない。
例えばIT基盤(プラットフォーム)に関しては、かつてはメインフレーム全盛の時代があり、この分野ではIBMが圧倒的な力を誇っていた。
日本は、国産のメインフレーム事業を育成するために電電公社(現在のNTT)や民間事業者(富士通やNECなど)がIBMのアーキテクチャを「まねて」技術開発を進めた。その結果、国産メインフレームの開発と供給が可能になった。
その後、IT基盤はメインフレームから、UNIXやLINUXなどのオープン系を採用する方向に変化していった。
この時もUNIXマシンやRDBMSの分野などで日本は遅れをとった。
いま、IT基盤はクラウドが全盛であるが、この分野でもアマゾン、マイクロソフト、グーグルが勝ち組になっている。
こうして振り返ってみると、日本は「まねる」ことは出来ても新しい技術を開発するのは不得手にみえる。保守的ともいえるだろう。
ここから短絡的に、日本は技術力が劣っていると言うつもりはない。
新しい技術が製品化されて市場に浸透するためには、技術力だけでなくマーケティング力や、標準化組織への働きかけ、なども必要になるだろう。さらに将来に対する目利きや、市場投入のタイミングを見極める必要がある。
ITの世界では、今後台頭するであろう技術の一つに量子コンピュータがある。
将来、いわゆる汎用量子コンピュータが実用化され、現在のアーキテクチャから置き換わるのか否か、私には十分な知識がないので正直良く分からない(つまり、将来技術に対する先見性や目利きがないと駄目なのだろう)。
もう少し直近の話では、メタバースやブロックチェーン技術の応用がこの範疇にある。これらは、将来大化けするかもしれないが、失速する可能性もあるだろう。
デジタル化に関しては、最近流行のDX(Digital Transformation)をあげることができる。
「DXとIT化は何が違うのか?」でも記したが、日本のDXにはBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の観点が弱いように見える。
業務フローの抜本的見直しや組織改革、新しいビジネスの開発という観点よりも、小手先の改善が多いように見える。
日経コンピュータなどで紹介される大規模なIT案件をみても、基幹システムをクラウドなどの新しいアーキテクチャに移行する例が多い。みずほ銀行の勘定系システムの移行(再構築)が代表例だ。
みずほ銀行の「勘定系システムの刷新と統合」プロジェクトは、アプリ開発費は推定4,200億円で、システム移行までに8年の歳月をかけた大規模プロジェクトである。
日本は1990年代のIT革命に乗り遅れた、との指摘があるが日本も無策であったわけではない。
2001年に政府はe-Japan戦略を公表している。この戦略目標は、
「IT革命の遂行によりわが国が目指すべき社会像を具体的に提示するとともに、5年以内に世界最先端のIT国家とするという意欲的な目標を掲げたもの」である。
結果的にこの戦略が上手くいかなかったのも、業務フローの抜本的見直しや、組織改革、新しいビジネスの開発という観点よりも、小手先の改善が多かったから、すなわち保守的であったからだと思う。
保守的(リスクを極端に恐れて冒険をしない)という点では、企業の内部留保や家計に占める貯蓄も同根のように見える。
もともと日本の企業は内部留保が過度に多いと言われていたが、今回のパンデミック(新型コロナウィルス禍)という経営リスクを経験したことで、その傾向が強まる可能性すらある。
家計の貯蓄が特に高齢者層で多いのは、日本の介護・医療の将来が危機的な状況だと考えている人が多いからだろう。
本書には、日本では労働力の企業間移動が進まないという指摘がある。
著者が言及しているように、これには終身雇用や年功序列、退職金制度などの日本固有の雇用形態が深く関わっている。このような背景から、最近は「ジョブ型雇用」を導入する企業が出現している。
しかし、短絡的にジョブ型に移行すれば労働の流動性が高まるというわけではないだろう。
ジョブ型に移行する際に問題になるのが解雇の問題である。
ジョブ型雇用では、企業の構造改革によって特定のジョブが失われる場合、当該ジョブを担当する労働者は(当然に)解雇される。
しかし、終身雇用の歴史的背景を持つ日本では解雇は容易でない。
労働問題に関しては、(本書では論じられていないが)正規労働者と非正規労働者の賃金格差、待遇格差の問題が大きい。
形式的に「同一労働同一賃金」になったといわれるが、実体として格差は残っている。
企業は非正規雇用を安直に増やすことでコストを削減し、製品やサービスの価格を抑えてきたという側面がある。
結果的に全体として労働者の実質賃金が上がらなかったように見える。実質賃金が上がらなかった原因は円安だけではないだろう。
「IT化による新しいビジネスの開発」についても手放しでは歓迎できない。
例えば、いわゆるギグエコノミーの問題である。
今日、食品(ファストフード)の宅配を請け負う業態が急速に拡大しているように見える。
フリーランスとして働きたい労働者や、空き時間でバイトをしたい労働者と、デリバリーを依頼したい飲食店の要望とを、Web上でマッチングするビジネスである。
このビジネスでは労働者は個人事業主としてマッチング事業者と契約しているようだ。従って、配送中に発生した事故は自己責任となる。
最近、このような業態で働く人も労働者である、との見地から法的保護を整備する動きが見られるが、本質的には非正規雇用と同じ問題を抱えているように見える。
すなわち、マッチングビジネス(あるいはデリバリービジネス)を展開する企業が、安直に労働コストを抑える手段としてこのビジネスモデルを展開しているように見える。
さらに、デジタル化の進展は良い面ばかりではない。
「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」(デヴィッド・クレーパー:著、岩波書店)で論じられている現象もその一つだろう。
社会に必要不可欠な、いわゆるエッセンシャル・ワーカーの賃金が、高度サービス産業で働く人たちの賃金よりも低いという現象だ。
デジタル化が進むと賃金格差が広がり、(特に高度サービス産業のような企業では)ブルシット・ジョブが増えるということだろうか?
労働力人口の減少、高齢化の進展が将来のリスクとなる日本では、IT化よりもロボット技術の開発・応用が有効なように思える。 |
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