ゆるい職場

2023年8月21日

「ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由」(古谷星斗:著、中公新書ラクレ)は、最近の若者の職場事情、転職事情を調査、考察した書籍である。
タイトル及びサブタイトルに興味を惹かれて読んだ。ゆるい職場
本書のテーマとして著者は以下の4点を挙げている。
①現代の若者はなぜ自社を辞めるのか
②これからの職場は若手とどういう関係を結ぶのか
③自律的でパフォーマンスの高い若者ほど退職する問題
④仕事の負荷が高くないと育たないが、高いとモチベーションが低下する問題本書で調査対象としている若者は、大手企業に勤める大卒以上の社員で、入社1年目~3年目くらいの若手である。本書を読んで先ず驚いたのは、新入社員の約36%が「職場がゆるい」と感じているという事実である。
「ゆるい」とはどういう事態かというと、仕事の負荷が高くなく、上司から叱られることもなくて居心地が良い状態をいうそうだ。
もちろん若手の全員が「ゆるい」と感じているわけではない。「仕事がきつくて辞めたい」と思っている若手も一定数いるようだ。
見方によっては、職場がゆるくて辞めたいと思っている若手と、仕事がきつくて辞めたいと思っている若手とで二極化化が進んでいるようにも見える。

では、「ゆるい(居心地が良い)」からずっとその会社に勤めたいと思っているのかというと、そうではない。「仕事・職場がゆるくて辞めたい」と思っている若者が大勢いるそうだ。
その理由として、著者はいくつかの若手の声を取り上げている。
「自分は別の会社や別の部署で通用しないのではないか?」
「社会で通用しなくなるのではないか?」
「自分の会社でしか生きられない人間になってしまう」
などである。
これらは自分のキャリアに対する不安である。
著者はこの現象を「不満型転職」から「不安型転職」に変わってきていると分析している。
(私の経験から言うと)この「不安型」はある程度理解できるが、これはもっと仕事の経験を積んだあとに感じるものだった。特に、「自分の会社でしか生きられない」という感覚は、管理職レベルの多くの人間が感じていると思う。
その理由は、管理職レベルになると社内における人脈が重要になってくるからである。
あるプロジェクトを手掛けようとするとき、「どのようなメンバーをそろえるべきか? 他の部門の協力が必要か? 他の部門の協力を求めるとき、誰に依頼するのが良いか?」
管理職レベルの人間であれば、人脈を頼って人のやりくりを経験したことがあるだろう。極論すれば、管理職レベルの人間は、その仕事を遂行するために必要なスキルセットと人数を分析し、それを有する人材を集めることができれば良いということになる。
このような社内の人脈を有しているという利点は、当然のことながら、転職したら意味がなくなる。すなわち他社では通用しない。他社でも通用するためには相応の知識やスキルが必要であり、そのためにはキャリアパスに従ってそれらを習得していかなければならない。
だとすると、不安型の転職を考えている若手は、社外でも通用するようなキャリア形成を考えている、ということであり、かなり優秀な人間だといえる(と、思う)。

一方で、このような不安(危機感)は今に始まったことではないとも思う。本書には言及がないが、「ゆでガエルの法則」というのが昔から知られている。ゆるい職場でぬるま湯に浸かっていると、外部環境の変化に気付かず、致命的な打撃を受けるというものである。
今回の新型コロナに対する政府や企業の対応にもそのような現象が見られた。パンデミックという環境の急激な変化に対して、IT化の遅れやワクチン開発の遅れという致命的な現状があらわになった。

「不安型の転職」を考えている若手は、対外勝負を意識したキャリアパスへの意欲と、情熱を持った人間かと思われるが、必ずしもそういう人間ばかりではないようだ。
著者は若者が求める職場環境の条件という調査結果をあげている。若手が望んでいる職場環境の上位は、
①相互の思いやりとあたたかさ(58.8%)
②オープンなコミュニケーション(48.6%)
③強い連帯感とチームワーク(46.2%)
である。
一方で、「理想に向かう情熱と意欲」や「変革と新たな価値の創造」などは低下傾向にあるそうだ。
この調査結果からうかがえる若者像は、協調性が高く、チームで協力して問題解決にあたる人間だと思われる。
一方、「変革と新たな価値を創造」する人間は、周囲に同調することなく、新たな視点で新たなビジネスモデルを考えられるような創造性を有するだろうから、協調性(ある意味まわりに同調する)とは相いれないのかもしれない。

ここでもう一つ言及すべきことがある。多くの若者が、仕事は人生の一部分にすぎない、と考えているという事実である。
「プライベートを大事に生活したい」と考えている若者は68.7%(3人に2人以上)にのぼる。仕事と自身のキャリアパスは大事だが、プライベートも大切にしたい、ということだろう。
日本の現在地点を考えると、経済の急速な発展を終えた後、長い停滞期にいると思う。ある意味成熟期にあるともいえる。
社会が成熟することで人間の価値観も多様化してきていると感じる。若者も同じだろう。
著者は、調査の結果から今の若者は以下のように二極化が進んでいると分析している。
①「今の会社で長く勤めたい」という若者と、「魅力的な会社があれば転職したい」という若者(調査結果ではそれぞれ半々)
②「会社でいろいろな仕事をしたい」という若者と、「会社で専門分野を作りたい」という若者(調査結果ではそれぞれ半々)
①は、「会社生活が全てではないから、たとえゆでガエルになったとしても今の職場で仕事を続けたい」と考える人間と、「自分のキャリア形成を考えるとき、チャンスがあれば転職も辞さない」と考える人間がいるということだろう。
この事象自体は昔からあったように思う。特にIT企業の場合、上流工程を担当しようと思うと転職しない限り目的を達成できない場合がある。世の中には、下流工程を中心に仕事をする企業、その多くは大手IT企業の配下にある下請け企業、がたくさんある。
この場合、下請け企業で仕事を継続しつつ上流工程を担当するのはほぼ不可能である。

②は、ジェネラリストを志向するか、もしくはスぺシャリアストを志向するか、という問題に見える。IT企業を例にすると、技術職に就いている人は比較的スペシャリスト(IT系のスペシャリスト)を志向する人が多い。
もっとも、技術系の人間でも、年齢を重ねて管理職になるとジェネラリスト的な知識を求められることもあるだろう。
一方で、営業や本社事務職などを担当する人はジェネラリストを志向する人が多いだろう。

ジェネラリストについては、別の側面から考えることもできる。
日本の伝統的な雇用形態(終身雇用、新卒一括採用)では、新入社員を主にOJTで育ててきた。そして、年を重ねるに連れて、社内のいろいろな部署を経験させて、自社にとってのジェネラリストを育てる傾向にあった。つまり、自社のいろいろな部署を経験させることで、将来の管理職や役員を育成する、という考えである。

ジェネラリストとスペシャリストに関しては、昔パイ型(π型)人材という言葉があった。(この言葉が今でも通用するのか否か、私は知らない)
π型とは、πの字を逆さに見て、広い知識と二つ以上の専門領域を持つ人材を指す言葉である。
なぜ二つ以上の領域でスペシャリストを目指すのか?
それは、一つの領域だけだと、将来その領域の知識やスキルが役に立たなくなる可能性を否定できないからである。
例えば、凄腕のプログラマー(プログラミング領域のスペシャリスト)を目指す人がいたとしよう。もしかすると、将来プログラミングの大半はAI(人工知能)が代替するかもしれない。その場合、凄腕のプログラマーの価値は低下するだろう。
将来のことは誰にも分からないから、リスクを考えて二つ(二つ以上)の領域のスペシャリストを目指せ、ということである。

さて、以上の考察を振り返ってみると、今の若者が持っている不安や、キャリアパスに対する考えなどは、昔とそんなに変わっていない気もしてくる。


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Posted by kondo