近年、グローバル人材が求められる主な理由は、
①企業が安い労働力(労働者賃金)を求めて工場を海外に移転する。そうすると、海外において現地従業員とコミュニケーションを図り、生産態勢をコントロールできる人材が必要になる。
②大量生産品は費用逓減効果が働くので、これを製造する企業は、より多く製造し、より大きな市場を求めてグローバル化(あるいは多国籍化)する。そうすると、諸外国の従業員とのコミュニケーションや、その中でリーダーシップを発揮できる人材が必要になる。
といったところであろう。
しかしながら、クリス・アンダーソン著「メイカーズ」によれば、製造業に関しては、①の海外生産による費用削減効果は、それほど大きくはないと言う。
さらに、②の大量生産についても、今後は多品種少量化の流れが増大すると言う。
すなわち、大量生産され、コモディティ化する商品は決してなくなりはしないが、多品種少量のこだわり製品の市場が今後急速に発展する、との予測である。
①と②について、もう少し詳しく「メイカーズ」の論旨を見ていこう。
1.安い人件費のメリットが縮小する
安い労働力によるコスト削減であるが、「工場のオートメーションが進むと、製品中の人件費の割合が下がる。するとこれまでのような海外移転による人件費削減の効果はなくなる。現在、自動車産業における人件費の割合は15%に満たない」。工場のオートメーション化を支えるロボット技術は、今後ますます改良が進むので、人件費率はさらに低下する可能性がある。
また、「中国では賃金が上昇している。広東省の工業地帯では、賃金が年率17%上昇している。ボストン・コンサルティング・グループの試算では、中国での製造コストは2015年にはアメリカに並ぶ」と書かれている。急速に経済成長する国の賃金上昇が、海外移転のメリットを減殺する。
このように、製造業にとって「安い人件費のメリット」は縮小し、「その他の要素-最終消費者との距離や輸送コスト、柔軟性、品質、信頼性-」が重要になってくる。安い労働力へと向かうグローバルな貿易の流れは、終わりを迎える可能性がある。
2.大量生産・大規模設備投資モデルの終焉
②の大量生産とグローバル化の対抗勢力、小規模で多品種・少量生産の製品が増加する要因が、「モノづくりのデジタル化」である。
「大量生産には技術と設備と投資が必要になるため、製造業は大企業と熟練工にほぼ独占されてきた。それが今変わり始めている。その原因は、モノづくりがデジタルになったことにある」。
モノづくりの世界、ハードウェアの世界も、ソフトウェアと同じく、オープンでデジタルな世界に変わりつつある。
このオープンでデジタルな製造業を支えるツールが、3次元CAD、3Dプリンター、3Dスキャン、レーザーカッター、CNC装置、などである。
これらのツールは今や個人でも入手可能になってきている。
即ち、大きな工場と設備がなくとも、個人レベルで、デスクトップでモノを製造できる時代になってきている。「デスクトップ・パブリッシングと同じことが製造業でも起きつつある」のである。
「ウェブがビット(ソフトウェア)のイノベーションを民主化したように、3Dプリンターやレーザーカッターなどの新しい種類の「ラピッド・プロトタイピング」技術が、アトム(ハードウェア)のイノベーションを民主化しつつある」
これら、ハードウェアのデジタル化を支えるツールだけでなく、製品を流通する市場や、デザイン・設計を共創するサイト、委託製造事業者なども増加している。具体的には、メイカーズのためのWeb市場、Etsy(エッツィー)、3Dデザインの共有サイトThingiverse(シンギバーズ)、Webベースのオンデマンド製造サービス、などである。
ハードウェアのデジタル化は、Webサービスと連携することでグローバルな市場にも展開が可能になる。「メイカームーブメント」が生み出す最大の力は、小規模でもグローバルになれる能力である。
3.あらためてグローバル人材の要件を考える
グローバル人材の要件を考えるとき、従来型の大量生産・グローバル展開のビジネスモデルを前提とする場合と、メイカームーブメントのビジネスモデルを前提とする場合とでは、自ずと要件が異なってくるであろう。
従来型の大量生産・グローバル展開を前提とした場合は、海外の工場やオフィスなど、リアルな場で直接コミュニケーションし、リーダーシップを発揮する必要がある。
一方、メイカームーブメントが想定する世界では、アイデアや設計の共創からはじまり、製造の委託から販売まで、ほとんどがネット上で行われる。
実際、そのようなネット上のマーケットやコミュニケーションの場が広がりつつある。
従って、ここでのグローバル人材とは、主に英語・米語を使用して、メールやソーシャルメディアでコミュニケーションできる人材と言えそうである。むしろ、メイカームーブメントの世界では、コミュニケーション能力などよりも、新しいアイデアで発想できる能力や、他人と協調してアイデアを練り上げ、概念設計できる能力などが求められるだろう。
2013年6月9日の 読売新聞に「グローバル人材「無理」…高校・大学生の半数超」という記事が掲載されていた。「国際的に活躍する「グローバル人材」の育成が急務とされる中、学習塾などが全国の大学生や高校生、保護者約1,000人に行ったアンケート調査で、大学生の半数以上が「自分はもうグローバル人材になれない」と諦めていると回答した」という。「「今からグローバル化のための教育を受けても自分は間に合わない」と感じている割合は、高校生で50%、大学生で55%だった。保護者も24%が「我が子は手遅れ」と諦めていた」ということである。
さらに、「「将来、グローバルに活躍したい」という大学生は3割、高校生も4割にとどまり、内向き志向や語学力への自信のなさがうかがわれる。海外展開する企業への就職を希望しない学生・生徒に理由を尋ねたところ「他の国の人とのコミュニケーションが不安」「日本にいられなくなりそう」などの回答が上位を占めた」と指摘している。
このアンケート調査の回答結果と、その分析結果を見ると、これは明らかに大量生産・グローバル展開のビジネスモデルを前提としている。しかしながら、大量生産のビジネスモデルが、将来も継続して成長・発展すると考える前提は正しいのだろうか?
メイカームーブメントのビジネスモデルを前提とした場合には、海外展開に伴う海外赴任や、外国人との直接的なコミュニケーションはほとんど必要ない。
即ち、グローバル人材に求められる要件を現在の延長線上で考えると、これはかなりハードルが高いように見えるが、今後成長するとみられるメイカームーブメントの世界を前提とした場合は、それほどハードルは高くないと言える。
先にも記したように、コミュニケーション能力よりも、創造性や発想力、コラボレーション能力といったものがより重要性を増すと考えられる。
さて、文部科学省によるグローバル人材の定義はどうなっているか?
2011年、産学連携によるグローバル人材育成推進会議の定義では、「世界的競争と共生が進む現代社会において、日本人としてのアイデンティティを持ちながら、広い視野に立って培われる教養と専門性、異なる言語、文化、価値を乗り越えて関係を構築するためのコミュニケーション能力と協調性、新しい価値を創造する能力、次世代までも視野に入れた社会貢献の意識を持った人間」となっている。
随分と盛り沢山のスキルが定義されている。これでは、大方の高校生や大学生が「自分には無理」と考えるのも無理からぬことと思われる。
この文部科学省の定義も、「世界的競争」で始まっていることから、大量生産・グローバル展開のビジネスモデルを前提としているように見える。この定義で若干気になるのは「日本人としてのアイデンティティ」云々である。国境を越えてビジネス展開する際、日本人としてのアイデンティティが必要なのか?そもそも日本人としてのアイデンティティとは、具体的に何なのか?今一つはっきりしない。
むしろ「ソーシャルメディア時代のマーケティング」のところで引用した「グローバル化の進展は、ナショナリズムを呼び起こす」の警句に該当しているように思える。
|