澤地久枝「おとなになる旅」

2023年8月23日

澤地久枝「おとなになる旅」は、戦争を知る世代の著者が、自身の生い立ちから敗戦までの経験を、次代を担う子供たちのために綴った私小説(体験談)である。
読み手の対象が子供であることから平易な文章で書かれているが、その内容には太平洋戦争と、その銃後を経験した者のみが語りうる重みがある。澤地久枝「おとなになる旅」

作者が生まれたのは昭和5年。父親は小さな建築業を営んでいたが、昭和恐慌の時代、事業が立ち行かなくなり作者と母親は叔母の嫁ぎ先に居候することになる。貧乏生活だったが、作者は裸で大地を走り回る、のびやかで活発な少女に育っていく。
昭和10年、作者が6歳のとき、少女(作者)と母親は、先に職を求めて満州に渡った父のあとを追って満州へ渡る。その頃の中国は伝染病が多く、赤痢や疫痢、さらにペストが流行ることがあった。実際、作者は弟を疫痢で失う。弟はわずか3年の命であった。弟のお守りを担当していた少女にとって、弟の死は人生で初めて直面した愛する者との別れであった。
小学校の5年生になるころ、作者は大人の本を読み漁るほどの読書家になっていた。知識が豊富なこともあってか、先生を小馬鹿にするなど、少々生意気な、怖いもの知らずの少女でもあった。
当時の日本のスローガンに「八紘一宇」があり、小学校5年生の書初めの文字でもあったという。作者は、この意味を「世界支配」と説明している。
社会全体が、教育体系も含めて戦争を賛美する時代、大人に対して批判的な目を持つ、少し斜に構えた少女(作者)でさえも軍国主義に染め上げられていく。教育やマスコミ報道、その他周りの環境がいかに人の思想に影響を与えるか、マインドコントロールの恐ろしさを考えさせられる場面だ。
少女(作者)は、女学校3年生、15歳のときに満州で終戦を迎える。作者は、困窮の難民生活の様子や、困難な引き揚げ体験を綴っているが、この種の話の多くが被害者意識で語られていることに違和感を感じるという。
それは、悲惨な体験をすることになった原因の一つに、日本が他国を侵略した事実があるからである。戦争に巻き込まれた人たちは、被害者であると同時に加害国の民でもある。

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Posted by kondo