下村湖人「次郎物語」

小学生のころ読んだこの小説を、青空文庫(無償の電子図書)で再読した。ストーリーは全く記憶に残っていなかったので、初めて出会う作品のような新鮮さがあった。
第2部までは、里子に出された次郎の幼年期~少年期が描かれていて、非常に面白い。
過去に映画化され、テレビドラマにもなったようだ。NHKの朝ドラにしても良さそうな内容だが、朝ドラは女性が主人公であることが通例だから、この小説が朝ドラになることはまずないだろう。
次郎は他の兄弟と違って、母親と、そして特に祖母からの愛情が得られないことに懊悩している。自分だけが里子に出されたという事実が、彼の心の奥深くにしこりとなって残っている。
第1部の作者のあとがきによると、この作品はもともとは第1部で一旦完結する予定だったようだ。それが、第5部まで続き、さらに作者には第7部まで書き続ける構想があったようだ。
第5部のあとがきに、「私の希望だけをいうならば、戦争末期の次郎を第6部、終戦後数年たってからの次郎を第7部として描いてみたいと思っている」と記している。
しかし、第6部、第7部が書かれることはなかった。第5部のあとがきが書かれたのが1954年3月で、その約1年後に作者は70歳で亡くなっている。

第1部の草稿を読んだ作者の知人の一人は、「次郎は変質者だね」といったそうだが、この論評はかなり的外れで、的外れであるがゆえに面白い。
家族のなかで自分だけが阻害されていると感じている少年が、人の顔色を窺ったり、あるいは人の気を引くために策を弄するのは、特に変わっているとは言えないだろう。少々頑固で暴れん坊のところがあるが、これも常軌を逸しているというほどのものではない。
ただ、私たちは大人になると、子供のころの心理や感情がどうであったのかを思い出せないものである。少年期の心の動きを丹念に追っている点が、私がこの小説に惹かれた理由のひとつである。

しかしこの小説、次郎が旧制中学の生徒になる第2部の後半あたりからは、少々説教臭い話が増えてくる。学校に掲げられている四か条や、教師の訓戒には、武士道や、儒教思想、あるいは仏教思想が色濃い。特に葉隠の有名な文言「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」は、儒教思想とともに軍国主義に利用された側面があるから、これらの思想に対して顔をしかめる人も多いだろう。
しかしどのような思想にも負の面もあれば、今日でも通用する真理もある。特に、仁や慈悲は今日の道徳教育・倫理教育にも必要な概念だと思う。
武士道や儒教思想が軍国主義と結びついたところに悲劇がある。
この小説の第4部以降では、5.15事件や2.26事件以降の軍部の権力増大、そして思想弾圧が強まる社会情勢のなかで、真理の探究と権力への抵抗が一つのテーマになっている。

次郎が敬愛する朝倉先生の好きな言葉に「白鳥、蘆花に入る」がある。これは作者自身が好んで使った言葉でもあるそうだ。
この言葉は、碧巌録の「白馬入蘆花」の白馬を白鳥に替えたものである。作者は、白馬よりも、大空より舞い降りてくる白鳥のほうが絵になると考えたのかもしれない。
この言葉、Webで検索するといくつかの解釈があるようだが、作者は、人間の善行と結びつけて考えたようである。この言葉が禅語であることを考えると、人間が考える善悪といった二項対立を超越したところに真意がある可能性もある。

さて、この小説、第5部になるとさらに宗教色が濃くなってくる。それは、第5部が「大法輪」に連載されたこととも無関係ではあるまい。
第5部には、やがて次郎の友人になる、大川無門という人物が登場する。この名前は、無門関を編纂した中国宋代の僧、無門慧開を意識した命名だろう。
実際、大川無門は何事にも動じない(常に平常心を保っている)温和な性格で、まるで僧侶みたいである。また、この頃の次郎の愛読書は歎異抄である。
このように書くと、次郎は若いくせに達観しているかのようだが、実際はそうではない。次郎は、兄恭一の許嫁である道江に恋愛感情を抱き、兄への嫉妬と成就しない片思いに悶々としている。
崇高な理想とは裏腹に、自分の欲望と感情に翻弄されているところはいかにも青年らしく、変に老成していない分好ましく感じる。
この小説ではほとんど踏み込んでいないが、戦争(太平洋戦争)と宗教(神道や仏教)は大きなテーマである。作者がこの点をどう考えていたのかは興味があるところである。


小金井市緑町に「浴恩館」があり、その周辺は公園として整備されている。。
浴恩館は昭和6年に青年団の指導養成所として開設されたものである。青年団講習は昭和6年から昭和12年まで19回行われた。
そして昭和8年から昭和12年まで、下村湖人が専任の講習所長となり、講習生と寝食をともにしながら指導にあたった。下村湖人は指導の傍ら昭和11年から次郎物語の執筆を始めた。
次郎物語の第5部の舞台となる「友愛塾」や「空林庵」は、この公園にある「浴恩館」と「空林荘」がモデルになっている。 

浴恩館

浴恩館

空林荘址

空林荘址

空林荘は講師宿舎として建造された。
残念ながら平成25年に焼失している。現地案内板に焼失前の建物の写真が載っている。

 

浴恩館裏庭の枝垂れ梅

浴恩館裏庭の枝垂れ梅

浴恩館の裏庭では枝垂れ梅が白い花を咲かせていた。
この公園にはつつじが多く植えてあり、小金井市の天然記念物に指定されている。

 

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