島木健作「癩(らい)」

青空文庫で島木健作の「癩(らい)」を読んだ。癩とはハンセン病のことであり、作品のなかではレプラやレプロシイという呼称も使われている。
ハンセン病に差別や偏見の歴史があることは知識としてある程度知っていたが、刑務所のなかにも隔離施設があったとは知らなかった(そこまで考えが及ばなかった)。
ハンセン病患者は刑務所の中にあっても他の受刑者や職員から差別を受けていた。小説には刑務所内の様子や、ハンセン病患者の日々の生活、患者間で交わされる会話などが生々しく描かれている。
著者の経歴を調べてみると、思想犯として刑務所に服役した経歴があり、さらに若い時に肺結核を患っていたようだから、この小説は著者の体験をもとに描かれているのだろう。この作品が持つリアリティと緊張感の理由はそこにある。

主人公の太田は、3.15事件で捕らえられ、ある町の丘の上にある刑務所に服役する。3.15事件とは、昭和3年(1928)に治安維持法違反の容疑で、日本共産党や労働農民党などの関係者約1600人が検挙された事件である。
(最近話題に上る共謀罪は、内心を処罰の対象とする点において、治安維持法との類似が指摘されている)

ある日、太田は監房内で喀血する(おそらく肺結核だろう)。太田はその日のうちに病舎に移される。その日から7日間、彼は昼も夜も眠り続け、その間に古血の塊を吐き続けた。
その後、彼は病舎から隔離病棟に移される。隔離病舎は2棟ある。1棟は肺病患者、他の1棟はハンセン病患者を収容するためのものである。太田は肺病患者であるが、思想犯であることからハンセン病患者と同じ病棟に隔離される。
「そこは社会から隔離され忘れ去られている牢獄の中にあって、さらに隔離され全く忘れ去られている世界である」
「健康な他の囚人たちのここの病人に対するさげすみは、役人のそれに輪をかけたものであった」

今や太田の思想や信念といったものは、過酷な牢獄生活の中で崩れ落ちようとしている。
「自分の抱いていた思想は全く無力なものとなり終わり、現実の重圧にただ押しつぶされそうな哀れな自己をのみ感じてくるのである」
「自分が今までその上に立っていた知識なり信念なりが、少しも自分の血肉と溶け合っていない、ふわふわと浮き上がったものであったことを鋭く自覚するようになる」
そんなある日、太田が囚われている隔離病棟に新人のハンセン病患者が投獄されてくる。その男の病勢はかなり進んでおり、顔のほとんどが紫色に膨れ上がっていた。
しかし太田はその男の顔に見覚えがあると感じた。その男はかつての同志、岡田良造であった。

同じ著者による作品で、「癩」と同じく刑務所内の生活を綴ったものに「盲目」がある。この作品でも、主人公古賀は過酷で絶望的な状況へと追い込まれていく。刑務所内での入浴が原因で失明してしまうのである。淋菌が眼に感染して起こる淋菌性結膜炎である。
古賀は汚い浴室で入浴した翌日、目の不調と全身の倦怠感を感じる。耳の下のリンパ腺が腫れて膨れ上がり、まぶたからはクリーム色のどろどろとしたものが流れ出ていた。診断をした医師は「トリッペルをやったことがあるか」と彼に尋ねた。その後、病監に入れられてから目の疼痛は激しさを増した。熱も高く吐き気を催す。看病夫が2時間おきくらいに目を洗ってくれた。しかし、恐るべき病菌が一夜のうちに古賀の両目の角膜を溶かすように破壊した。
「一切の事実をそれと悟ったとき、古賀の頭脳、古賀の体中の全神経は、瞬間あらゆる活動を停止してしまった。やがて我にかえったとき、彼ははじめて締め付けられるような声を放って泣き、その声が自分自身の耳朶をするどく打つ間だけ、真暗な恐怖と絶望の世界からわづかに逃れうるもののごとくに感じたのである。」
(本書は検閲のせいであろうか、多くの欠字がある)

著者の代表作とされるものに「赤蛙」がある。
中州に取り残された蛙が、向こう岸に渡ろうと川に飛び込む。しかし川の流れに押し戻されてまた中州に戻ってきてしまう。
蛙はあきらめることもなく、幾度も繰り返し川に飛び込む。傍目には徒労にも見える赤蛙の行動。
これらの作品に共通するのは、絶望的な状況にあって、それでも生きるとはいったい何なのか、という根源的な問いかけである。

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