2013年 7月 13日

「ピーター・ドラッカーの考えをもとに研究している経営学者はいない」、
「ドラッカーの言葉は名言ではあっても科学ではない」、
「ハーバード・ビジネス・レビューは学術書ではない」、
「ポーターの戦略論だけではもう通用しない」、
「経営学の理論を体系的に網羅した教科書はない」、
などなど、刺激的もしくは挑発的な文言が並んだ本である。
日本ではピーター・ドラッカーや、マイケル・ポーターが有名であり、彼らの著作やその解説書はビジネスマンを中心によく読まれている。
日本ではベストセラー乃至はロングセラーの部類に属するのではないだろうか。
しかしながら、“経営学”の観点から見た場合には、これらの日本人の常識(あるいは経営理論や戦略論に対する日本人の認識)は改める必要があるようだ。この本「世界の経営学者はいま何を考えているのか」の著者入山章栄氏は、ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサーで、経営戦略論と国際経営論が専門の方である。

冒頭の挑発的な文言であるが、これは「“経営学”の観点から見た場合」というところがポイントなのだと思う。
経営学は、他の科学分野と同じく、「理論分析」と「実証分析」の2つのステップを踏まなければならない。
理論分析の部分は仮説であり、この仮説は統計的手法などを用いて検証されなければならない。検証されなければ理論として成立しない(理論的に正しいことが証明されていないことになる)。
即ち、経営者の実務経験に基づく、感覚や感性から導出されたルールや警句の類は、これだけでは科学とは呼べないというわけである。
これが、「ドラッカーの言葉は名言であっても科学ではない」というところの意味である。
但し、作者はドラッカーを否定している訳ではない。経営学という立場からは、科学的なアプローチが必要だと言っている訳である。
本書の中から興味深い理論をピックアップしてみたいと思うが、その前に注意が必要なことがある。それは経営学という学問が、未だ歴史が浅く、そもそもこの分野が科学として成立し得るのか、という根本的なところでさえ揺らいでいるということである。
経営学が分析対象としている中で、一番大きな比重を占めるのは人間だと思われる。
人間の行動や意思決定は感情の影響を受ける。そして人間の感情は必ずしも合理的ではない。必ずしも合理的でないということが、科学的アプローチを困難にする根本的な原因ではないかと思う。
人間は、計算機のように入力情報を分析して、それだけで行動を決定している訳ではない。
過去の経験に基づく直感(ひらめき)や、その時の感情、雰囲気で意思決定する場合もある。
あるいは、その時頭に浮かんだ先人の教訓・警句を参考に意思決定するかもしれない。
これらの事情は、経営学に限らず、プロジェクト管理や組織論など、人間や組織を扱う分野に共通する課題だと考えられる。

(1)両利きの経営

両利きというと二刀流の宮本武蔵を連想する。また、多くの武道やスポーツも、両利きを理想としている。
経営学で言う両利きとは、「知の探索(エクスプロレーション)」と「知の深化(エクスプロイテーション)」である。
スタンフォード大学のジェームス・マーチは、「知の探索」と「知の深化」の概念を明確にし、そのバランスをとることが企業のイノベーションに重要であるということを体系的に論じた。
現在の経営学では、この知の探索と深化の関係がイノベーションにもたらす影響を分析することが、大きな研究テーマになっているという。
企業組織は、中長期的に「知の深化」に偏りがちで、「知の探索」をおざなりにする傾向がある。
これは、自分の得意領域の技術や知見を深め、他の企業との差別化を図る極めて当然の行動に見えるが、その結果、知の領域を広げることがおろそかになり、イノベーションが停滞する、という論理である。
イノベーションは、知と知の組合せから新しい知を生み出すことであるから、そのためには、企業は知の幅を広げる必要がある。
企業は、組織活動として、知の探索と知の深化のバランスを保ち、コンピテンシー・トラップを避ける戦略・体制・ルールを構築することが重要になる。

(2)海外進出とホフステッド指数

ハーバード大学のパンカジュ・ゲマワットが提唱するフレームワークに「CAGE」がある。
企業が海外にビジネス展開する際には、進出先候補の国と自国の間の4つの「距離」を定量化し、事前にリスク分析しておくべき、との論理である。
4つの距離というのは、
①国民性の距離
②行政上の距離
③地理的な距離
④所得格差の距離
である。
これらの距離を進出国の分析にリスク要因として取り込むことで、例えば、市場成長性の高い国が実はリスクとのバランスで考えれば必ずしも魅力的な進出先ではない、といったようなことが分かる。
このなかで、国民性の距離を測るための国民性の指標「ホフステッド指数」というのが面白い。
ホフステッド指数は、国民性を、個人主義的か集団主義的か、リスク回避的か否か、など4つの次元で指標化している。
われわれ日本人は、漠然と、アメリカは個人主義であるのに対して日本は集団主義であると思っている。
ホフステッド指数をみると、アメリカは確かに個人主義指数が高いが、日本は必ずしも集団主義とは言えない。
少々意外ではあるが、日本は、中国や韓国よりも個人主義指数が高い。
また、日本と国民性が近いのは、ハンガリーやポーランドのようである。
(下村徹「ドナウの叫び -ワグナー・ナンドール物語-」を読むと、マジャール人(ハンガリー人)と日本人は同じ祖先を有するようである)
企業にとっては、進出先の国民性と自国との距離が大きいほどリスクが高いということになる。
ホフステッド指数が100%正しいという訳ではないだろうが、国民性の違いを図る一つの尺度になると思われる。

集団主義に関して、本書には面白い論理(仮説?)が紹介されている。
私たちは通常、「集団主義の人々は、集団を重視するから、他の国の人々とも調和・協力し易いはずだ」と考えるだろうが、これは少々短絡的発想のようである。
「集団主義というのは、グループ内の利益を重視するので、グループ内のメンバーの結束も強くなる。反面、グループの外の人間とは、協力関係を構築することが心理的に困難になる可能性がある」という指摘である。
集団主義的で結束が固いほど、外部の人間を排除する傾向があるという、一種のパラドックスと思われ、興味深い考察である。

本書にはその他にも面白い話題が載っている。
例えば、リソース・ベースト・ビュー(資源ベース・アプローチ)は経営学では有名な理論であるが、これに関しても「リソース・ベースト・ビューは経営理論の体をなしていない」という指摘に端を発する一大論争があった、などである。
経営学の最新テーマ・論点を知ることが出来る本である。

 

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