2014年 1月 18日

下村徹著「ドナウの叫び -ワグナー・ナンドール物語-」は、ハンガリーの彫刻家にして、革命運動の最高指導者12人のうちの1人、保安警察を逃れスウェーデンに亡命し、その後日本に帰化して「和久奈・南都留」の日本名を持つ、ワグナー・ナンドールの伝記である。ワグナー・ナンドール物語

本書の序文にあるとおり、ワグナー・ナンドールを知る日本人はまだ少ないと思われる。
序文には次のように記載されている。
「2001年10月、ハンガリーの世界遺産、首都ブダペストにあるゲレルトの丘に、”哲学の庭”と名付けらえた八体の彫刻が建立され、ハンガリーの政財界の要人を含む千人近い人々が集まり祝った。
・・・・・・
2005年10月、ハンガリーとの国境に近いルーマニアのオラディア市で、この日本人が作った彫刻が、長い間紛争を続けていたハンガリーとルーマニア両国の和解と親睦の象徴として建立され、両国の要人が集まって祝賀した。
・・・・しかし、これらの式典は日本では全く報道されなかった。
また、ブダペスト第一の観光スポットである王宮や”漁夫の砦”から前記のゲレルトの丘の”哲学の庭”は数百メートルしか離れていないにもかかわらず、日本の旅行会社が観光客を案内することはなく、ほとんどの日本人は未だに、この日本人が作りハンガリーが誇る”哲学の庭”を見たことがない。」

実は、ブダペストにある”哲学の庭”と同じものが、2009年中野区の哲学堂公園に建立されている。

哲学の庭

中野区哲学堂公園の”哲学の庭”

”哲学の庭”は、キリスト、老子、釈迦、アブラハム、エクナトンが円形の台座に配置され、そこから世界を象徴する真ん中の球を見つめている、さらにその円形の外側に、達磨、ガンジー、聖フランシスを配置した彫像群である。
ナンドールはこの”哲学の庭”について、癌で亡くなる前日、夫人である千代さんに次のように語っている。
「私の日本人への叫びは、とうとう日本人に届かなかったようだ。それだけが心残りだ。」
ナンドールのライフワークである”哲学の庭”を知る日本人が少なく、さらにその作品に込められたナンドールの思想(想い)を理解する人が少ないことを無念に思っての発言である。
少年時代から日本に関心を寄せ、老子や武士道を愛読していたゆえに、哲学の庭には老子や釈迦、達磨といった、東洋思想を代表する人物が選ばれたものと思われる。
(さらに本書によれば、マジャール人(ハンガリー人)と日本人は同じ祖先を有するらしい。また民族性を表すホフステッド指数でも、日本とハンガリーは民族性が近い。)
ただ、武士道はどちらかというと儒教の影響が色濃いので、孔子が選ばれなかったことは少々謎である。彫像の配置上の制約から孔子は外されたのかもしれない。
さて、ナンドールの叫びが日本人に届かない(届きにくい)理由は、やはりハンガリーと日本の違いにあるように思う。
日本はハンガリーのような激しい民族間の対立や、宗教の違いに起因する対立(争い)を、ほとんど経験したことがない。
また、戦後の日本が比較的早く自由な社会を手に入れたのに対して、ハンガリーが民主国家になったのは1989年である。ナンドールには、自由を勝ち取ることがいかに困難で険しい道であるか、自らの経験を通じた強い想いがあった。
今一つナンドールが伝えたかったことは、科学と経済の急速な発展に比して、精神面が取り残されてきたことへの危機感であろう。
これは、日本に限らず中国でも同じようである。老子、孔子の生まれた国でありながら、儒教の教えを知る人が減り、道徳、倫理面の危惧から、いま再び孔子が見直されているという。

なお、本書の作者下村徹氏は、「次郎物語」の作者である下村湖人のご子息とのことである。

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