2021年 5月

「コネクトーム」(セバスチャン・スン:著、青木薫:訳、草思社)はサブタイトルに「脳の配線はどのように「わたし」をつくり出すのか」とあるように、脳の配線(脳に含まれるニューロンの配線)に関連する研究(現状と将来展望)を解説した書籍である。コネクトーム
最初に「コネクトーム」の説明を、訳者あとがきを参考に記しておく。
(脳に含まれる)ニューロンの接続の総体が「コネクトーム」である。コネクトームと脳の様々な機能の関係を調べようとするのが神経科学の新領域、コネクトミクスである。脳機能の研究は、生物学分野における最大にして最後のフロンティアだと言われている。
脳のニューロンは約1,000億個あり、ニューロンが繋がり合うシナプスの数は160兆個にのぼるというから、「ニューロン接続の全地図を描くということが、如何に壮大な計画であるか」は、私たち素人でも想像がつく。
本書を読む限り、この壮大な計画は緒に就いたばかりである。今後数十年にわたる研究が必要となるようだ。 

素人である私は思う「ニューロン接続の全地図が描ければ、本当に人間の「こころ」の仕組みが分かるのだろうか?」
先に紹介した「ポリヴェーガル理論入門」(ステファン・W・ポージェス:著、春秋社)で、著者は次のような指摘をしている。
「今の世界は脳中心、さらに遺伝子中心という、この2つに焦点を当てる傾向がある。今までのような方法で脳の構造や脳の機能に焦点を当てていると身体感覚が重要だということを見逃してしまう」

本書の著者であるセバスチャン・スンは、明らかに脳と遺伝子に注目している研究者だと言えそうだ。
コネクトーム(脳のニューロンの配線)を司るものとして、本書では「遺伝子」と「経験」に着目している。
遺伝子とは、子どもが両親から引き継いだニューロンの配線を指している。(よく知られているように幼児の脳の配線は、成長するにつれて増えたり強化されるだけでなく、除去される部分が多い)
一方の経験とは、子どもが成長するなかで変化するニューロンの配線を指している。

人間はいろいろなことを経験する(学習する)なかで、ニューロンの配線を変えていくが、その変化は大きく4つに分類されるそうだ。
①再荷重(重み付けを変える)
これは現在の機械学習(AIの一分野)を考えれば想像がつく。 機械学習では、ニューロン同士を接続する際、膨大な数のパラメータの重み付けを変化させることで学習が進む。
②再接続(リコネクション)
これは、シナプスを新しく作り出したり、シナプスを除去することである。
今日では、大人の脳でもシナプスは生成されたり除去されることが判明しているそうだ。
③再配線
④再生
これは新たなニューロンを作ること、および不要なニューロンを除去することである。
大人の脳でもニューロンは新たに生まれるのか? この問いに対する答えは、 新皮質では新しいニューロンは生成されないが、海馬などでは新たにニューロンが(たえず)付け加わっているそうだ。

ニューロンの接続に関して重要なことは、「ニューロンは「階層的に」組織化されたネットワークとして構成されている」ことである。さらに、本書ではコネクトームを以下の3段階に区別している。
①部位コネクトーム
②ニューロン・タイプ・コネクトーム
③ニューロン・コネクトーム
ニューロン・タイプ・コネクトームに関して、「神経科学者たちはニューロンをどのように分類するのが適切なのか、について今も論争を続けている」「ある専門家の推定では、大脳皮質だけでも何百ものニューロンタイプがあるという」
というから研究の前途は多難なようだ。
最終的にはニューロン・コネクトームの全地図を解明することが目標のようだが、これの成否はコンピュータの性能(主に画像解析の性能)に掛かっているようだ。

私たちが脳のはたらきで最初に思い浮かべるのは、「記憶」と「学習」ではないだろうか。
本書によると、短期記憶はスパイクと再荷重の寄与が大きく、長期記憶にはニューロンの再接続が関係していると考えられているようだ。
さらに、「記憶を読み取るためには、単にコネクトームを手に入れるだけでは不十分だ。コネクトームに含まれる情報を解読する方法を知らなければならないのだ」という。
まるで、コンピュータ上の情報(データ)とアルゴリズムを、メモリー上の情報から解読する(リバースエンジニアリングの)ような困難さが窺える。
学習に関しては、「学習 ーすなわち、新たな知識や技能を身に付けることー が、いかなる脳の変化により引き起こされるのかを突き止めるのは今も難しい」そうだ。
これらの話を聞くにつけ、コネクトームを解明する計画が如何に壮大であるかが垣間見える。


訳者あとがきによれば、日本でも「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」という研究プロジェクトが、2014年にスタートしているらしい。
Webを検索してみるとこのプロジェクトの概要が記されている。
「平成26年(2014年)度より10年計画で開始された大型プロジェクト「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(以下、革新脳)」は、前半5年間では「マーモセット全脳回路に関するマクロレベルの構造と活動のマップの完成」を目標とした研究が推進されました。
令和元年(2019年)度にスタートした後半5年間では革新脳の目標を達成するために課題、実施体制等の見直しを行い、ヒトの精神・神経疾患克服に向けたさらなる成果獲得、国際的に競争力のある、マーモセット脳構造・機能マップデータベースの完成を目指し、研究開発を推進しています」
ここで、マーモセットとは、
「コモンマーモセット(以下マーモセットと略す)はブラジル原産の霊長類である」であり、「脳神経疾患モデルや脳機能解析などに遺伝子改変マーモセットが応用され始めている」
「脳は大脳皮質の拡大で生じた霊長類に特異的な機能を持ち、認知機能、社会的行動などの脳高次機能に関してヒトと類似しており、認知科学などの脳高次機能の研究や、ヒト神経疾患研究、特にパーキンソン病、脊髄損傷、多発性硬化症などの神経変性疾患などのモデルとして用いられている」
とある。(出典:国立研究開発法人日本医療研究開発機構、公益財団法人実験動物中央研究所)

 

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