2022年

「日本が先進国から脱落する日 ”円安という麻薬”が日本を貧しくした!!」(野口悠紀雄:著、プレジデント社)は、アベノミクスの10年間で日本が急速に貧しくなったという主張と、その原因、将来に向けての課題などを論じた書籍である。日本が先進国から脱落する日
本書には、4章のタイトルについて正誤表がついているが、この正誤表の内容こそが本書の主張の一つを端的に表している。その内容とは、
「賃金が上がらないのは、物価が上がらないから(誤)」→ 「物価が上がらないのは、賃金が上がらないから(正)」
である。
私は経済学の専門家ではないから、どちらが正しいのか良く分からないが、著者の主張は、
「日本で物価が上がらないのは賃金が上がらないからだ。そして賃金が上がらないのは生産性が上がらないから」
である。
そして、日本銀行は上記の因と果の関係を間違えて逆に捉えているために、異次元の金融緩和策を実施した、
金融緩和によって物価上昇率を高めれば経済成長率が高まると考えたのだ。 

著者は「賃金が上がらないのは生産性が上がらないからだ」という主張のおもな要因として、
日本では(アメリカと比べて)高度サービス産業が育たなかった点をあげている。
アメリカでは、GAFA/GAMMA(フェイスブックは社名をメタに変更したから、GAFAではなく、GAMMAというらしい)に代表される情報・データ処理サービスが急速に育った。
一方、日本はデジタル化が遅れて産業構造の転換を図れなかった。
デジタル化の遅れは1990年代のIT革命に乗り遅れたことが始まりである。
著者は、産業構造の転換/デジタル化に関連して、
「新しい資本主義」とは、「資本なき資本主義」のことであり、これは「データ資本主義」と呼ぶものだと解説している。
すなわち、現在の企業経営にとって、情報やデータなどの無形資産が、資本のなかでその重要性を増している。

著者の主張では、日銀は「賃金が上がらないのは物価が上がらないからだ」という誤った認識で金融緩和策を継続した。その結果、「円安の麻薬効果」を招来した。
円安の麻薬効果とは、企業は技術革新を行わなくとも、円安効果によって利益を上げることができ、それに伴って株価も上昇したことを指している。
一方で、労働者の実質賃金は上がらなかった(労働者を貧しくした)。

日本の将来の問題は、(巷でよく言われているように)労働力人口の減少と高齢化の進展である。
このような背景から、IMFは日本の将来の実質成長率を0.5%と予測しているそうだ。IMFの「2020年報告書」にある提言が興味深い。
「(日本は)消費税率を2030年までに15%に、さらに2050年までに20%へと段階的に引き上げる必要がある」
「(日本は今後)年金、医療分野の社会保険改革が不可欠である」
著者は今後の日本は、技術革新によって生産性を高めていくことが不可欠だとしている。
デジタル化の推進、技術革新を進めるためには労働力の流動化も必要になるだろう。しかし、日本では労働力の企業間移動が進まないという現状がある。
これには、終身雇用や年功序列、退職金制度など日本固有の雇用形態が深く関与している。
いずれにしろ、日本は円安政策、金融緩和政策からはやく脱却する必要がある、というのが著者の主張だろう。

 


以上が本書の概要(私が理解した範囲の概要)であるが、主にITの観点から私が感じた点を以下に記す。
本書に登場するGAMMA(グーグル、アップル、メタ、アマゾン、マイクロソフト)は、(巷でよく言われているように)プラットフォーマーである。
彼らはクラウド基盤や、検索エンジン、レコメンドエンジンなどで圧倒的な力を有しており、検索エンジンなどではほぼ独占的な地位を築いている。日本は明らかに彼らの後塵を拝している。
しかし、ITの歴史を振り返ってみれば、これは今に始まった話ではない。
例えばIT基盤(プラットフォーム)に関しては、かつてはメインフレーム全盛の時代があり、この分野ではIBMが圧倒的な力を誇っていた。
日本は、国産のメインフレーム事業を育成するために電電公社(現在のNTT)や民間事業者(富士通やNECなど)がIBMのアーキテクチャを「まねて」技術開発を進めた。その結果、国産メインフレームの開発と供給が可能になった。
その後、IT基盤はメインフレームから、UNIXやLINUXなどのオープン系を採用する方向に変化していった。
この時もUNIXマシンやRDBMSの分野などで日本は遅れをとった。
いま、IT基盤はクラウドが全盛であるが、この分野でもアマゾン、マイクロソフト、グーグルが勝ち組になっている。
こうして振り返ってみると、日本は「まねる」ことは出来ても新しい技術を開発するのは不得手にみえる。保守的ともいえるだろう。
ここから短絡的に、日本は技術力が劣っていると言うつもりはない。
新しい技術が製品化されて市場に浸透するためには、技術力だけでなくマーケティング力や、標準化組織への働きかけ、なども必要になるだろう。さらに将来に対する目利きや、市場投入のタイミングを見極める必要がある。
ITの世界では、今後台頭するであろう技術の一つに量子コンピュータがある。
将来、いわゆる汎用量子コンピュータが実用化され、現在のアーキテクチャから置き換わるのか否か、私には十分な知識がないので正直良く分からない(つまり、将来技術に対する先見性や目利きがないと駄目なのだろう)。
もう少し直近の話では、メタバースやブロックチェーン技術の応用がこの範疇にある。これらは、将来大化けするかもしれないが、失速する可能性もあるだろう。 

デジタル化に関しては、最近流行のDX(Digital Transformation)をあげることができる。
「DXとIT化は何が違うのか?」でも記したが、日本のDXにはBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の観点が弱いように見える。
業務フローの抜本的見直しや組織改革、新しいビジネスの開発という観点よりも、小手先の改善が多いように見える。
日経コンピュータなどで紹介される大規模なIT案件をみても、基幹システムをクラウドなどの新しいアーキテクチャに移行する例が多い。みずほ銀行の勘定系システムの移行(再構築)が代表例だ。
みずほ銀行の「勘定系システムの刷新と統合」プロジェクトは、アプリ開発費は推定4,200億円で、システム移行までに8年の歳月をかけた大規模プロジェクトである。

日本は1990年代のIT革命に乗り遅れた、との指摘があるが日本も無策であったわけではない。
2001年に政府はe-Japan戦略を公表している。この戦略目標は、
「IT革命の遂行によりわが国が目指すべき社会像を具体的に提示するとともに、5年以内に世界最先端のIT国家とするという意欲的な目標を掲げたもの」である。
結果的にこの戦略が上手くいかなかったのも、業務フローの抜本的見直しや、組織改革、新しいビジネスの開発という観点よりも、小手先の改善が多かったから、すなわち保守的であったからだと思う。

保守的(リスクを極端に恐れて冒険をしない)という点では、企業の内部留保や家計に占める貯蓄も同根のように見える。
もともと日本の企業は内部留保が過度に多いと言われていたが、今回のパンデミック(新型コロナウィルス禍)という経営リスクを経験したことで、その傾向が強まる可能性すらある。
家計の貯蓄が特に高齢者層で多いのは、日本の介護・医療の将来が危機的な状況だと考えている人が多いからだろう。

本書には、日本では労働力の企業間移動が進まないという指摘がある。
著者が言及しているように、これには終身雇用や年功序列、退職金制度などの日本固有の雇用形態が深く関わっている。このような背景から、最近は「ジョブ型雇用」を導入する企業が出現している。
しかし、短絡的にジョブ型に移行すれば労働の流動性が高まるというわけではないだろう。
ジョブ型に移行する際に問題になるのが解雇の問題である。
ジョブ型雇用では、企業の構造改革によって特定のジョブが失われる場合、当該ジョブを担当する労働者は(当然に)解雇される。
しかし、終身雇用の歴史的背景を持つ日本では解雇は容易でない。

労働問題に関しては、(本書では論じられていないが)正規労働者と非正規労働者の賃金格差、待遇格差の問題が大きい。
形式的に「同一労働同一賃金」になったといわれるが、実体として格差は残っている。
企業は非正規雇用を安直に増やすことでコストを削減し、製品やサービスの価格を抑えてきたという側面がある。
結果的に全体として労働者の実質賃金が上がらなかったように見える。実質賃金が上がらなかった原因は円安だけではないだろう。

「IT化による新しいビジネスの開発」についても手放しでは歓迎できない。
例えば、いわゆるギグエコノミーの問題である。
今日、食品(ファストフード)の宅配を請け負う業態が急速に拡大しているように見える。
フリーランスとして働きたい労働者や、空き時間でバイトをしたい労働者と、デリバリーを依頼したい飲食店の要望とを、Web上でマッチングするビジネスである。
このビジネスでは労働者は個人事業主としてマッチング事業者と契約しているようだ。従って、配送中に発生した事故は自己責任となる。
最近、このような業態で働く人も労働者である、との見地から法的保護を整備する動きが見られるが、本質的には非正規雇用と同じ問題を抱えているように見える。
すなわち、マッチングビジネス(あるいはデリバリービジネス)を展開する企業が、安直に労働コストを抑える手段としてこのビジネスモデルを展開しているように見える。

さらに、デジタル化の進展は良い面ばかりではない。
「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」(デヴィッド・クレーパー:著、岩波書店)で論じられている現象もその一つだろう。
社会に必要不可欠な、いわゆるエッセンシャル・ワーカーの賃金が、高度サービス産業で働く人たちの賃金よりも低いという現象だ。
デジタル化が進むと賃金格差が広がり、(特に高度サービス産業のような企業では)ブルシット・ジョブが増えるということだろうか?
労働力人口の減少、高齢化の進展が将来のリスクとなる日本では、IT化よりもロボット技術の開発・応用が有効なように思える。


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