DXとIT化は何が違うのか?

今ではしっかりと日常生活に定着した感があるDX(Digital Transformation)という用語。もともとはIT業界で常態化したジャーゴン(わけのわからない、ちんぷんかんぷんな言葉)の一つかと思っていたのだが、政府がこの言葉を使うようになってからは、IT業界の専門用語と化したようだ。
そして、多くの企業で(特に経営層の人たち)がこの言葉を使うようになってからは、IT業界に直接関わりのない人たちもこの言葉を使うようになって、すっかり市民権を得た。
しかし、私が当初から抱いていた根本的な問題意識、「DXとIT化とでは何が違うのか?」はいまも変わらない。
結論じみたことをいうと、DXとIT化はほとんど同じ意味であり、あえて使い分ける必要などないと思う。使い分けることで却って混乱を招いている。
さらにDXという用語は使う人によって微妙に概念が異なっているように見える。
微妙に異なってはいるが、使う人の文脈から、それぞれが意味するところはある程度想像できる。 

DXという用語をWeb上で検索してみると、もともとはスウェーデンの大学教授が提唱した概念だという。
その意味するところは、「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」だそうだ。
随分とシンプルな定義である。
ここで、ITとICTとでは何が異なるのか? という新たな用語の混乱が見られる。
簡単に言えば、情報技術をITと称し、特にネットワークが含まれることを強調するときにICTという用語が使われるようだ。
しかし、ネットワークに接続しないスタンドアロンのコンピュータなど、現在のシステム環境ではほとんど存在しないだろうから、ITとICTを使い分ける意味はほとんどないと思う。
あらためてDXのもともとの定義に立ち返ってみても、DXとIT化を区別する必要はないようにみえる。

そもそも、IT業界(および、マーケティング業界なども?)では、昔から数多くのジャーゴンが出現し、その多くは消え去っていった。ジャーゴンのうち、何が生き残り何が消え去っていくのかは、私たちIT業界の人間でも予測がつかない。
また、IT業界の歴史を振り返れば、同じような概念を別の用語で定義している例も多く見つかるだろう。なぜこのようなことになっているのか?それは、IT業界の営業がジャーゴン(ちんぷんかんぷんな言葉)を振り回すことで、客に危機感を与え、その結果、情報処理システムを売らんがためだろう。
「おたくのシステムは構造が古くなっている。新しいアーキテクチャの基で再構築すべきだ」とか、
「新しいビジネスを支える情報処理システムは、新しいアーキテクチャ上に構築することで、ビジネスの変化に柔軟に、かつ、迅速に対応できるようになります」
「御社の業界で、他社はここまでやっていますよ。今のままの情報処理システムを使い続けることは、御社の発展を阻害するリスクになります」などのセールストークが思い浮かぶ。
すなわち、顧客に対して、新しい技術やアーキテクチャに乗り換えるよう促すために、ジャーゴンが使われるわけだ(ちょっと言い過ぎかもしれないが)。

さて、経済産業省はDXをどのように定義しているのだろうか?「DX レポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」をみると、IDC Japanによる定義が援用されている。
その内容は、「企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」である。
(かなり長くて分かりづらい文章だ)
第3のプラットフォームという用語がIT業界で共通認識となっているのか、少々疑わしいが、上記の定義を簡潔に言い換えれば、
「企業は新しい製品やサービス、または新しいビジネスモデルを構築して競争優位を築く必要がある」ということであり、
「それを実現するために、新しいIT技術を活用すべきである」といったところだろうか。
簡潔に言い換えてみると、これは特に新しいことを言っているわけではないことに気付くだろう。
新しいIT技術として最近流行りの、クラウドだとか、SNSだとか、スマホだとかが登場しているだけだ。ビッグデータに関しては、これも私は正確な定義は知らないが、多くの文脈からは、それが大量データ(ある時は大量のトランザクションであり、ある時は大量の蓄積されたデータ)を指していることが窺い知れる。
これなども特に新しい概念ではない。銀行や証券会社のシステムは昔から大量のトランザクションを処理していただろうし、DWH(Data Ware House)もかつて騒がれた情報系システムの切り口である。
なにをもって「大量」とするかは明確でないが・・・。

定義のなかにある「新しいビジネスモデル」という切り口では、かつて話題になったBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)を想起する。
BPRという用語をWeb上で検索してみると、「業務本来の目的に向かって既存の組織や制度を抜本的に見直し、プロセスの視点で、職務、業務フロー、管理機構、情報システムをデザインしなおすこと」などの定義がみられる。
すなわち、経済産業省の定義は、
「新しいIT技術を活用して、新しい製品やサービスを生み出すか、もしくはBPRを実施して、企業の競争優位を構築する」と言い換えることができそうだ。
私はDXの内容に反対しているわけではない。この用語の定義を改めて見直してみれば、何も今に始まった話ではなく、企業の競争戦略そのものではないか?ということである。
問題は、DXという用語が濫用されて、概念範囲が広がり過ぎているように感じることである。
例えば、その文脈から、RPA(Robotic Process Automation)をDXの概念に含めているケースがある。RPAは現在の業務フローの一部をIT化する技術であり、BPRとは異なるだろう。
RPAの事例の多くは、現在の業務フローを是として、その一部にITを組み込んでいる(ようにみえる)。業務改革というよりは、ITを活用した業務の効率化、省力化(省人化)というべきだろう。
BPRが目指しているのは、業務フローや組織体制などの抜本的な見直しと、再構築である。小手先の改善とは異なる。従って、RPAの事例などは簡潔に「IT化による業務の効率化、省力化(省人化)」で良いと思う。

IT化ではなく、あえてDXと声高に唱えて政府や企業が騒いでいるのは、日本のIT化が先進国のなかで遅れているからだろう。デジタル庁の創設や、自治体のシステムの共通化・標準化などの動きが見られるが、現状はどこまで進んでいるのか、良く見えない状況だ(地方自治体の基幹システムの標準化に向けた作業は遅れている、という記事があった)。
このような政府主導のデジタル化に向けた動きは今に始まった話ではない。2001年に政府はe-Japan戦略を公表している。
e-Japan戦略とは、「IT革命の遂行によりわが国が目指すべき社会像を具体的に提示するとともに、5年以内に世界最先端のIT国家とするという意欲的な目標を掲げたもの」だそうだ。
この時点ではIT革命という用語を使用している。DXではなくIT化による(革命と言えるほどの)変革である。
周知のように、この戦略的目標は達成されたとはいえず、新型コロナ禍で日本のIT化が立ち遅れていることが明白になってしまった。
今回のDXは、端的に言ってしまえばe-Japan戦略の再チャレンジということだろう。しかし、今回はDXとかデジタル化などの新しい用語を使うことで、却って混乱を招いているように見える。
IT化とデジタル化とは何が違うのだろうか?
コンピュータが扱うデータはデジタルデータである。それゆえ、音楽はアナログのレコードからデジタルのCDに置き換わり、さらに、デジタルデータを端末(スマホなど)に直接配信する形態(ストリーミング)に変わった。
写真もアナログのフィルムからデジタルデータを扱うデジカメに置き換わっていった。この種の変化を指してデジタル化と言うのだろうか?
音楽データを配信するサーバも、データを受信して再生する端末もコンピュータだから、IT化といっても良いと思う。あえてデジタル化と言うことで、アナログからデジタルへの変化/変革を強調したいのかもしれない。

さて、蛇足になるが、e-Japan戦略はその後どうなったのだろうか?
総務省のホームページでは、「政府全体で進めてきた「e-Japan戦略」のもと2005年までに世界最先端のIT国家となるようブロードバンドの普及や安い料金設定などの着実な成果をあげてきました」となっている。
さらに、「2006年以降もIT先進国に追いつくというキャッチアップ的な発想ではなく、世界最先端のIT国家であり続けるフロントランナーとして国際貢献を行うなどの役割を果たしていくことが求められています。
そのような中、総務省はユビキタスネット社会の実現を目指したu-Japan政策を通じて、e-Japan戦略の今後に貢献していきます」と結んでいる。
ユビキタスという用語もいまや死語に近いジャーゴンである。

最後に、昨今のDXを(雑誌記事などの文脈からその意味するところを汲み取り)IT化との違いを考慮すると、次のことがいえると思う。
多くのDXの事例は、IT技術としてAI(正確には機械学習や深層学習と呼ぶべきだろう)やデータ分析ツールを採用した案件が多いようだ。また、インフラ基盤としてクラウドやその周辺技術を採用したものが多い。
機械学習やデータ分析ツールやクラウドもIT技術のひとつだから、DXとは最新のIT技術を利用していることを強調した用語/用法なのかもしれない。
なお、最新の技術を利用していることばかりに目を向けると本質を見失うことがあるから注意が必要だろう。
例えば、日経コンピュータ誌(2022年8月4日号)にはマイクロサービスの特集が出ている。この記事ではマイクロサービスを導入する際の注意点として、「サービスの粒度」や「データベースの整理・分割」などをあげている。
これらの問題はなにも今に始まった話ではない。オブジェクト指向設計やデータ中心設計が話題になったときも同様の問題に直面した。
「いかにして疎結合なシステム構造にするか」という課題も昔からある(構造設計という用語が使われていたころからの課題である)。
これらの課題は技術が進歩しても変わらない、「システム設計上(特にソフトウェア設計上)の普遍的な課題」なのだろう。

 


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