日本の階級社会に感じる違和感

橋本健二「新・日本の階級社会」(講談社現代新書)は、現代日本の階級構造と、格差社会についての論考である。本書では、今日の日本社会を5つの階級に分類している。
①資本家階級(企業の経営者や役員など)
②新中間階級(企業の管理職や専門職など)
③旧中間階級(自営業者や家族従業者など)
④労働者階級(企業に雇用される単純事務職や販売員など)
⑤アンダークラス(非正規労働者) 

アンダークラスとは契約社員やアルバイト、パートなどの非正規労働者のことである。新・日本の階級社会
「労働者階級が資本主義社会の最下層の階級だったとするならば、非正規労働者は”階級以下”の存在、つまり”アンダークラス”と呼ぶのがふさわしい」
著者は今の日本は、特に、正規従業員(労働者階級)とアンダークラスの格差が大きいことが問題だと論じている。正規従業員とアンダークラスは、収入で約2倍、貧困率で約5倍の差があるという。
特にアンダークラスの女性は、離死別経験者や子供を養育する人が半数近くいることから、現代の階級社会の矛盾が集中する階層だと指摘している。

本書の主張に対して、私自身は、大きくは(マクロでは)納得できる部分が多いものの、「そもそもの階級の分け方」に違和感を感じた。現代の日本で、資本家階級とか労働者階級といった呼称や、階級の違いを意識している人が、いったいどのくらいいるのだろうか?
私自身はこれらの呼び名を聞くと、社会主義者や無政府主義者の活動、あるいは労働争議、労働運動が世間で注目されていた、ずっと昔の時代を想起してしまう。
労働者階級を組織化して社会に革命を起こそうと真剣に考えている社会主義者や無政府主義者が、今の日本にどのくらいいるだろうか? そもそも、このような言葉自体が死語になりつつある気さえする。

社会の階層について、もう少し具体的に、私たちのIT業界(エンタープライズ系)を例に考えてみる。
ユーザ企業からは、契約先のITベンダー(仮にA社とする)が一つの企業として見えている。しかし、良く知られているように、ITベンダーがプロジェクト態勢を作ってユーザ企業にサービスを提供する場合、そのプロジェクトには1次下請け企業(仮にB社とする)や、2次下請け企業(C社とする)などの要員も参画する。
A社のなかの階級を、本書に従い、資本家階級、新中間階級、労働者階級、アンダークラスに分けるとすると、同様に、B社のなかもC社のなかも同じ階級構造に分けることができる。
つまり、ユーザ企業からは1社に見える組織構造が、実際には「自己相似性」を有する「入れ子構造」になっているのだ。
これは、物理学で「フラクタル」と呼ぶ構造に似ている。

日本社会の階級構造
さて、このフラクタルな構造のなかで、例えば、A社の資本家階級と、B社、C社の資本家階級は同じレベルなのだろうか?
同様に、新中間階級や労働者階級は同じレベルなのだろうか(同じ階層とみなし得るのだろうか)?
例えば、C社の労働者階級はプログラマーやテスターとしてソフトウェアの製造やテストを行う。B社の労働者階級は、主に設計工程のSEや、インフラ系の構築を行うエンジニアだろう。A社の労働者階級はプロジェクト管理など、主に管理面の仕事に従事しているだろう。
これらの違いは、階層の違いというよりは、役割の違いといった方が適切である。それでも、A社とB社、C社では、従業員がもらう収入には差があるだろう。
また、A社、B社、C社には契約社員や派遣社員がいるかもしれない。これらの人たちはアンダークラスになるのだろうか?
さらに個人事業主やフリーランスとして働く人が、B社やC社を通じて参画するというのも良くあることだ。これらの人たちは旧中間階級なのだろうか?(フリーランスという比較的新しい働き方なのに、「旧」と呼ぶのもおかしなものだ)
このように具体的に組織構造やそこで働く人たちを見ていくと、単純な階層構造にはなっていないことが分かる。
これはIT業界が特殊だからではない(と思う)。 

最近(2019年3月ころ)話題になっている社会問題に「コンビニの24時間営業の問題」がある。
これは、大阪のとあるコンビニ店舗が、本部の指示に反して24時間営業を中止したことに端を発する。くだんのコンビニ店の店長は、アルバイトが集まらないので(労働力不足で)24時間営業が困難になっている、時給を上げるのにも限界がある、との理由で午前1時から6時までは店を閉めて、1日19時間営業に変更した。
これがフランチャイズ契約に違反するとして本部との間でひと悶着あった。このコンビニ店長は、アルバイトの穴埋めを自らが働いて補っていたため、相当の過労に陥っていた。このような状況はこの店舗に限った話ではないようで、全国のフランチャイズオーナーで組織する「コンビニ加盟店ユニオン」が本部に対して団体交渉の申し入れを行った。

コンビニ店長は、個人営業(または家族経営)の場合、本書の定義では「旧中間階級」ということになる。コンビニ店長は個人事業主(経営者)であるが、その労働実態をみれば「労働者階級」とほとんど変わらない。
実際、団体交渉を申し入れること自体、自らが経営者ではなく労働者だと主張しているのに等しい。これをみると、コンビニ業界は労働者階級とアンダークラス(アルバイト)が下支えしており、その上に本部という資本家階級や新中間階級が乗っかっている構造ということだろう。

IT業界やコンビニ業界をみてわかるように、今の日本の社会構造(階級構造)はそんなに単純ではない。
何故だろうか?
ひとつには、人々の働き方が多様化して、働き方の選択肢と自由度が増えているからだと考えられる。これは仕事に対する満足度にも影響するだろう。
IT業界で働くフリーランスには、自らが選択してプログラマーやSEなどの技術職、専門職として働いている人が多く存在する。彼、彼女らは、旧中間階級や、時には派遣労働者(アンダークラス)として働くこともあるが、仕事に対する満足度は高いだろう。
企業で正社員として働く人たちの価値観も多様である。昇進して新中間階級(管理職、専門職)や資本家階級に行きたいと考える人もいれば、そのような昇進を望まず、技術職として働き続けたいと考える人もいるだろう。
このように考えてくると、自分がどの階級に属しているかということについて、たいして関心を持たない人も多く存在するのではないかと推測する(どの階級に属しているかということがあまり意味を持たない)。

話を本書の論点に戻すと、今日の日本の大きな問題の一つは、いわゆる就職氷河期に望まずして非正規労働者(アンダークラス)になった人たちであろう。
非正規雇用のままで仕事を続けざるを得なかった人たちは、ある年齢を超えると、正規雇用の労働者へ転換する(転職する)のが非常に難しくなる。このケースでは、著者が指摘しているように、正規雇用の労働者との賃金格差が問題となる。
これは、低賃金であるがゆえに結婚できないことから「少子化問題」にも直結する。さらに、将来この世代が退職年齢を過ぎると、社会保障制度を維持することが困難になる可能性も高い。

相対的貧困については、”見えない貧困”という言葉があるが、”見えない富裕層”とでも呼ぶべき問題もあるようだ。
「なぜ日本だけが成長できないか」(森永卓郎、角川新書)では、富裕層と庶民との所得格差が拡大していることが指摘されている。その原因の一つは、資本家階級の所得(多くは役員報酬)が増えていることによる。
また、近年、大企業を中心に内部留保が増大していることが度々マスコミなどで報じられている。著者(森永卓郎氏)は、内部留保の増加と役員報酬の増加には相関関係があると推測している。
内部留保の増加は、企業価値の増加、株価の上昇につながるから、株価連動給(ストックオプション)も増加することになる。これが企業の経営層をして、内部留保を増大させる動機になっている、との見立てである。(私自身は、内部留保の増加は、企業の極端なリスク回避思考が原因かと思っていたが・・・どうなのだろうか)
いずれにしろ、法人企業統計をみると、この5年間で全産業の売上高と経常利益の増加に比べて、従業員給与はあまり増えていない。企業の内部留保は、2018年3月末で427兆円に達しているそうだ。一方で、従業員給与は抑制されているから、これが格差の拡大につながっているようだ。

”見えない貧困”と”見えない富裕層”。社会の構造が複雑になっている(単純な階層構造でない)ことが、”見えない”ことの原因なのだろうか?

 


日経コンピュータ(2019/3/21)にIT人材に対する意識調査の結果が出ていた。
同誌の調査によれば、IT人材(デジタル人材)の約6割が現在の仕事に満足している。雇用形態別に見た仕事に対する満足度調査の結果も出ている。
おもしろいことに、非正規雇用の人で満足していると回答した人の割合は63.1%で、これは正規雇用の57.7%を上回っている。
アンダークラスの方が仕事に対する満足度が高いという結果だ。これは(本文中にも記載したが)、フリーランスや契約社員という働き方を、自ら選択している人が多いからだと推測できる。 

 

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