一色次郎「青幻記」
恩田陸の「図書室の海」という短編集の中に「ある映画の記録」という小説がある。 この小説の中で、小説のモチーフになっている、ある映画の1場面が切り出されている。 潮が満ちてくる海浜の岩場。そこに取り残された母親と幼い息子。 母親は(病魔に襲われているため)苦しそうに岩にしがみつき、陸に向かって歩いて行くよう子供を説き伏せている。 決して後ろを振り向かずに行けという母親の言葉に従い、子供は迫りくる波から逃れるようにして陸へと歩を進める。 ふと後ろを振り返ると、母親のいた岩場は既に白い波で覆われようとしている。 そのような情景である。 この映画は、一色次郎の小説「青幻記」を原作とする、同名の映画である。 この場面に至る背景やその後の顛末が知りたくなり、原作の「青幻記」を探してみたが、残念ながら古本しかないようである。仕方なくネットの古本屋で比較的安価なものを手に入れた。 ちなみに、映画の方は見ていないが、DVDはなくて、ビデオのみのようである。これも早晩入手困難になるだろう。(もっとも、再生に必要な肝心のビデオデッキがなくなりつつあるが・・・) 青幻記は、沖永良部島を舞台に、幼い時に死別した母親の記憶を辿りながら、今は50歳代であろう主人公が、40年ぶりに、一人故郷の島を訪れる話である。 追憶の旅を行く主人公の思いと、記憶の底から蘇る幼少期の記憶とが交錯しながら物語が展開されていく。 主人公も、その母親も、貧しい悲惨な生活をおくっていた。 悲惨な生活の情景が綴られているのだが、決して暗いだけの陰鬱なトーンではない。 作者の筆が淡々としていることと、舞台が南国の海に囲まれた珊瑚礁の島であるせいか、透き通った青色の情景と灰色のトーンの対比が、鮮やかに目に浮かんでくる。 既に肺病を病み死期を感じている母親と、その息子が島で過ごしたのは僅か半年であるが、この時期が母親の人生の中で最も幸福な時期であったことが判明する。 感傷に陥りがちなストーリーであるが、作者は感情を抑えた淡々とした筆で物語を展開しており、亡き母親への静かな鎮魂歌になっている。 良い作品だと思うのだが、商業ベースで考えると部数が出ないので廃刊になったものと思われる。 流行を先取りするように次々と新刊本が書店に並べられていく中で、(この本に限らず)良書が無くなっていくのは残念なことである。 |