帚木蓬生「閉鎖病棟」

2023年9月1日

題名の「閉鎖病棟」とは、精神科病院のうち、主に措置入院や医療保護入院など、強制的に入院させる患者を収容する施設のことである。常時施錠されていて院外に自由に出られないことから、閉鎖病棟と称しているようだ。閉鎖病棟
この題名からは、精神科病院の内幕や、患者に対する世間の偏見や差別を扱った作品が想像されるが、実は違う。
また、主要な登場人物は、開放病棟の患者や通院患者である。
帚木蓬生著「閉鎖病棟」は、地方都市の精神科病院を舞台に、患者たちの心の交流を描いた人情劇という趣の作品である。
作品は、幾つかのエピソードに、患者である登場人物達それぞれの過去や家庭背景などが絡まりながら進展していく。
中心となるエピソードは、島崎さんという、うら若き女性の身に起こったおぞましい事件と、島崎さんの心を救済すべく、決死の行動をとる秀丸さんやチューさんの話である。
秀丸さんやチューさん、その他の患者は、精神錯乱状態での家族の殺人など、それぞれ暗い過去を背負っているが、作品は決して暗い陰鬱な印象ではない。
むしろ、未だ田園が残る地方都市ののどかな風景と相まって、春風の如くさわやかで暖かい。
島崎さんと、秀丸さん、チューさん達の、お互いに相手を思いやる心根が、作品が醸し出す暖かさの要因ではないかと思う。この作品を振り返ってみると、舞台が精神科病院である必然性は、あまりないような気がする。
もしあるとすれば、精神を病むほどのつらい体験や、無垢で傷つき易い心、相手に共感する度合いが普通の人よりも大きい、といった人物背景を織り込む必要があったから、かもしれない。

なお、作品の中では”精神分裂病”という名称が使われているが、これは作品が発表されたのが1996年頃だからであり、現在は”統合失調症”という名称に変わっている。

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Posted by kondo