プロジェクト管理の国際標準ISO21500では、ステークホルダー・サブジェクトグループが独立して定義されていることを述べた。
一方、PMBOKでは従来ステークホルダー関連のプロセスはコミュニケーション・マネジメントの中で定義されていた。
これがPMBOK第5版では、ISO21500に合わせて、ステークホルダー・マネジメントが1つの知識エリアとして独立して定義されることになった。
プロジェクトにとって、ステークホルダー(利害関係者)と良好な関係を築くことが重要な成功要因であるのは言うまでもないことだから、ステークホルダー・マネジメントが独立した知識エリア/サブジェクトグループとして定義されるようになったのは自然な流れだといえる。
PMBOK第5版でステークホルダー・マネジメントが独立した知識エリアになったことから、計画プロセス群に「ステークホルダー・マネジメント計画」が、実行プロセス群に「ステークホルダー・エンゲージメント・マネジメント」が、監視・コントロールプロセス群に「ステークホルダー・エンゲージメント・コントロール」が追加された。
ステークホルダー・マネジメント計画では、「ステークホルダー・マネジメント計画書」を作成することになっている。
私自身今までに幾つかのプロジェクトに、主にSIベンダー側の立場で参画してきたが、ステークホルダー・マネジメント計画書なるものは作成したことがない。
SIベンダー側から見て、最も重要なステークホルダーは、顧客企業のプロジェクト担当部門(主にIS部門や経営企画部門)の方々、そして構築するシステムを実際に使用する利用部門の方々(エンドユーザー)ということになるだろう。
ステークホルダー・マネジメント計画書を作成するとしたら、このIS部門や経営企画部門、利用部門の方々の役割や、プロジェクトへの関与度合いを分析・整理して、どのようなコミュニケーションを構築していくかを管理することになる。
この際重要になるのが、いわゆるキーマンと呼ばれる人を特定することである。
キーマンは役割に応じて複数人になるかもしれないし、フェーズごとにキーマンが異なる可能性もある。
特にベンダーが顧客企業にシステム提案する段階では、顧客企業のキーマンを早い段階で特定することが、提案の勝敗を左右する。
顧客企業のキーマンが、自社以外のITベンダーのシンパということもあるから、如何に良好なコミュニケーションを築けるかが重要である。
今まで、この種のステークホルダー・マネジメントに関する情報が、全く管理されていなかったわけではない。
従来は主に営業情報として存在していたケースが多いと思われる。
「ステークホルダー・マネジメント計画書」を作成する場合、営業と技術、そのほかの社内関係部門と情報共有できる点で一定の効果は期待できるが、この情報の管理には細心の注意を要する。特に社外に漏洩することのないよう厳重な管理が求められる。
ステークホルダーの特定と分類に関して、PMBOKガイドではステークホルダーを分類するモデルを4つ例示している。
4つのモデルは、
- 権力と関心度のグリッド
- 権力と関与度のグリッド
- 関与度と影響度のグリッド
- セイリエンス・モデル
である。
セイリンエンス・モデルは、権力(自分の意思を通す力)、緊急性(直ちに対処する必要性)、正当性(参加の妥当性)に基づいて、ステークホルダーを分類するモデルである。
例えば、運用テストフェーズでは、利用部門のキーマンは大きな権力(仕様に対する発言力や決定権)を持って運用テストに参加する。
利用部門から見て直ちに対処すべきシステム上の問題が発生した場合は、利用部門のキーマンと密にコミュニケーションをとって、その問題に対処する必要がある。
この例では、利用部門のキーマンが、「権力」と「緊急性」と「正当性」を有していることになる。
また、キーマン以外の利用部門の参加メンバーも、「緊急性」と「正当性」を有していることから十分な配慮が必要である。
権力や関心度、影響度などは、ステークホルダーを分類する場合の1つの軸(切り口)であり、これ以外にも先ほどの、どのベンダーのシンパなのか、などの軸はあるだろうから、プロジェクトの特性に応じて有効な軸を選べばよい。
実行プロセス群に追加された「ステークホルダー・エンゲージメント・マネジメント」というのは聞きなれない用語である。
エンゲージメントとは、ステークホルダーとプロジェクト・マネージャーがプロジェクトに積極的にかかわり合うこと。これを実現するのがステークホルダー・エンゲージメント・マネジメントである。
PMBOKでは、ステークホルダー・エンゲージメント・マネジメントのツールと技法のひとつに「人間関係のスキル」をあげている。
この人間関係のスキルとは、
- 信頼関係を構築するスキル
- コンフリクトを解消するスキル
- 積極的傾聴
- 変化への抵抗の克服
とされる。
なかでも、コンフリクトの解消は、組織論的に見て重要なポイントになる。
コンフリクトとは、主に組織間(または個人間)で生じる敵対や対立の関係である。具体例をあげよう。
システム構築の要望や要件を出すのは利用部門であるが、どの範囲までシステム化するかを決定するのはIS部門である。
この場合、利用部門はより多くの要求を実現したいと考えるが、IS部門は費用や時間の制約があるので、範囲を限定しようとする。
このように、利用部門とIS部門はシステム化の範囲や優先度の決定で対立する場合がある。この対立を解消することがコンフリクトの解消である。
ポンディ(Pondy)は、コンフリクトを生み出す条件を3つあげているが、そのうちの一つが「資源の希少性」である。
先の例でいえば、システム構築のための「予算」が限られた資源の1つであり、この予算配分に関して権限を有する部門や人が大きなパワーを持つことになる。
バーク(Burke)は、上司と部下の間のコンフリクト解消法を5つ提示している。
この中で、「互いに問題を直視して方途を探ること」が、コンフリクトを前向きに解消する最善の方法であるとしている。
「妥協」や「強制」、「撤回」は当面の解消策にはなり得ても前向きの解消にはならない。 |