沼地のある森を抜けて
梨木香歩著「沼地のある森を抜けて」(ブックオフで値引きしてもらった本です・・・) 奇妙なストーリー展開が少々意表を突く。叔母から引き継いだ先祖伝来の「ぬか床」。 その「ぬか床」から人間が生まれてくる。 海外ドラマの、古くはXファイル、最近ではフリンジのような、不可解な事件がテーマのSFかと思いきや、読み進めるうちに、生命の進化や生と死がテーマになっていることに気付く。 叔母からぬか床を引き継いだ主人公久美。その先祖一族は、細胞分裂のようにして、即ち男女の交合を要せずに、子孫を残してきたことが、次第に判明する。 この「ぬか床」の秘密をめぐるストーリーの中に、「かつて風に靡く白銀の草原があったシマのはなし」という別のストーリー(断章)が3章挿入されている。 この「かつて風に靡く・・・シマのはなし」は、主人公の先祖の地(シマ)の神話ではないかと思われる。 主要なストーリーの中に神話を挿入するという手法は、これも海外ドラマのロスト(LOST)を想起させる。 (LOSTではファイナルシーズンに1話だけ島の神話が挿入されている。旧約のカインとアベルを模したストーリーであった。) 神話の中の主人公「僕」は、もともとは自我という意識を持たない種族であったものが、突然変異的に、自我の意識を所有する生命として誕生したものである。 連綿と続く生命の進化、自我の芽生え、生と死、というテーマを扱っていることから、読み方によっては宗教的、ともいえる。 神話が挿入されていることで宗教色が色濃く感じられるのかもしれない。 物語では、「ウォール」が一つのキーワードになっている。 自分と他者の境界、この宇宙と他の宇宙との境界、ある法則系と他の法則系との境界、を示唆していると思われるが、自分と他者を区別するという意味において、自我とも読める。 西洋では自我の確立が成長と捉えられてきたが、東洋では自我の脱落(自と他の壁を取り払うこと)を境地とみる思想がある。 本書は、一見、自我の確立や自己決定を進化と捉えているように見えるが、自己と外界の壁(ウォール)を取り払う方向性を示唆しているようにも見える。 本書のメッセージをどう解釈するかは受け手次第。 SF/ファンタジー的な実験小説、というところだろうか。 |