鳥飼玖美子「英語教育の危機」を読んで

2023年9月6日

新しい学習指導要領に従い、2020年から小学校で英語が必須の教科になる。
小学校3・4年生では、英語に親しむためにゲームをしたり歌ったりする「英語活動」が行われ、5・6年生では教科としての英語学習が始まる。
本書は英語教育に関して、現状および新しい学習指導要領の下での問題点とその対策案を論じたものである。小学校のプログラミング教育にもあてはまる部分があるかもしれないと思い読んだ。鳥飼玖美子「英語教育の危機」はじめに私たち年配者は現在の英語教育がどのように行われているかを理解しなければならない。
なぜなら1990年代より前の英語教育と現在の英語教育は大きく異なっているからだ。著者は、マスコミ報道の中には「この現状認識が不十分なまま新学習指導要領に言及しているものが散見される」と指摘している。
日本の英語教育は1990年代から抜本的に方針が変わっている。従来の「文法訳読法」と呼ばれる指導が「日本人の英語をだめにしている」と見なされ、「コミュニケーション」が重視されるようになった。
1989年告示の学習指導要領以来、「コミュニケーションに使える英語」がキーワードになっている。
コミュニケーション能力の4要素は、文法的能力、談話能力、社会言語的能力、方略的能力、である。そしてこの4要素に加え、新しい学習指導要領には「異文化理解」が含まれているそうだ。
コミュニケーション重視の流れは小学校の英語にも盛り込まれている。小学校5・6年生は、読む、書く、聞く、話すの4技能に「やり取り」を加えた5技能の習得が求めらる。
英語教育が小学校から始まることで、中学校や高校の英語もレベルアップする。2021年以降は中学校でも英語の授業を英語で行うことが推奨される。「英語による英語の授業」が始まったのは2013年の高校一年生からである。
しかし、著者はこの「英語による英語の授業」という施策が、英語力の向上という成果に結びついていないという。(政府目標の英検準2級に到達した高校3年生の割合は約36%に過ぎない)
小学校で英語教育が導入される背景にはグローバル化の進展があることは容易に想像がつく。
国内需要が減少していくなか、大企業はもとより中小企業であっても海外に活路を求めざるを得なくなっている。
このような背景から、政府は2016年、グローバル人材育成戦略を公表した。その内容は英語教育の強化、高校留学の促進、大学入試の改善などである。小学校の英語教育も、早いうちから学習すれば効果が上がるだろうという意図がある。
新学習指導要領に関して著者があげている課題は、
・英語の授業を英語で実施することの是非
・音声指導をどうするか
(これは主に発音の問題である。ネイティブスピーカーでない日本人教師が正しい発音をするためにはどうすればよいか)
・教員養成と教員研修のあり方
・「やり取り」という技能の追加
などである。
英語教育を小学校から実施することに関して、大きな問題のひとつが学習全体のコマ数である。
ゆとり教育の象徴であった「総合的な学習の時間」は、当初週3コマ程度であったものが、2011年度から週2コマに削減されている。その分が2020年から英語の時間に置き換わるようだ。(本書に指摘はないが、さらにプログラミング教育の時間も加わる)
教員の育成も大きな問題である。
英語教員について、英検準1級レベルの割合を2017年度までに中学で50%、高校で75%にすることを目標にしているが、政府目標に達した英語教員は、中学で32%、高校で62.2%だそうだ。
教員の育成はプログラミング教育にも共通する課題である。
いまひとつ、プログラミング教育にも関係するテーマが論理的思考能力である。
新学習指導要領で力点が置かれているのは、「思考力、判断力、表現力」である。批判的思考は日本でもクリティカルシンキングと呼ばれて盛んに宣伝されるようになり、批判的思考力をつけさせる方策として、最近は「アクティブ・ラーニング」が推奨されている。
新学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」として一つの目玉になっている。
小学校におけるプログラミング教育を解説する書籍をみても、アクティブラーニングや「主体的・対話的で深い学び」が強調されていることが分かる。
本書の指摘のなかで難しいのが「言語学習に文化は切り離せない」という指摘である。
人間は(成長のある段階から)言語(言語学的には内部言語)で考えるようになる。言語は思考の道具となる。従って、使用する言語に存在しない概念は理解しがたい場合がある。ここでいう概念は、「ことばの意味」と考えて頂いて良い。(言語と思考、文化に関してはサピア=ウォーフ仮説やそれに対する批判などがあるが、話が逸脱するのでここでは言及しない)
ことばの意味は、会話する人々の文化や地域性によって変化する。そして、ある国の文化を理解しようとすると、その国の歴史や政治、宗教などもある程度理解する必要があるだろう。(さらに、本書でも指摘があるように、同じ国であって性差や地域、年齢によって文化に差異がある)
そう考えると、これは極めて難しい問題である。すなわち、ある国の文化について、どこまでを理解すれば良いのか?
「言語学習に文化は切り離せない」が正しい命題だとしても、限られた教育時間の中でその範囲を規定するのは難しいと思う。
本書のなかで著者は、
「人間は社会的な相互作用を通して言語を習得すると指摘したヴィゴツキーの『最近接発達領域理論』に基づき、『周囲との相互作用を通して支援を受けることで、一人では到達できない領域に達する』のが共同学習の基本である」
としている。しかし、共同学習の背景にある理論が最近接発達領域理論なのか否かは良く分からない。
ヴィゴツキーの最近接発達領域理論とは、「教育とは子どもの潜在的な水準を見極め、そのうえで現在の発達水準を促進するような経験の場を用意すること」である。(やさしい発達と学習、有斐閣アルマ)
日本における共同学習は1990年代に始まったようである。
「1990年代から日本の教育界では『学び』という言葉が使われるようになった。きっかけは『学びの共同体』論が広く注目を集めたことである。」(キーワード現代の教育学、東京大学出版会)
共同学習は良い学習形態だと思うし、プログラミング教育でも取り入れるべきだと思うが、一斉学習と比べると時間と労力が掛かるところが難点である。

2018年12月 追記
「はじめて学ぶ言語学 ことばの世界をさぐる17章」(大津由紀雄編著、ミネルヴァ書房)によると、外国語の習得においては、母語の能力・熟達度を磨くことが重要だそうだ。つまり、母語(日本語)の能力を高めることが英語の習得に有効である。裏を返せば、母語の能力が不十分なうちから英語を学ばせても効果は少ない可能性がある。
カミンズの「共有基底能力説」では、読み書きの能力は母語から外国語にも転移することが予測されるという。
さらに本書には、母語による「ことばへの気づき」のきっかけを小学校入学前、および小学生の時期に行うことが望ましいとの指摘がある。「ことばへの気づき」が英語学習のための重要な基盤を形成するそうだ。


2019年4月 追記
朝日新聞(2019/4/16)に「中高生の英語力 政府目標に届かず」という記事が出ていた。以下に抜粋する。
全国の公立の中高生のうち、2018年度に政府が掲げる英語力の水準に達したのは、中3で42.6%(対前年度比1.9ポイント増加)、高3で40.2%(対前年度比0.9ポイント増加)だったと、文部科学省が4月16日に公表した。いずれも5年前と比べて約10ポイント上がっているが、政府目標の「50%」には届いていない。
政府の目標水準は、”中3で「英検3級相当以上」、高3で「英検準2級相当以上」の民間試験に合格すること” である。
→ 例えば高3の達成率(40.2%)をみると、本書に記載されている数値よりも少し上がってきている。それでも50%には届いていない。

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