2015年 5月 16日

東京駅が開業したのは、大正3年(1914)12月20日。それから100年後の平成26年(2014)12月20日、JR東日本は東京駅開業100周年を記念して記念Suicaを販売したが、これが思わぬ大混乱を招いた。
JRは、赤れんがの丸の内駅舎をデザインした記念Suicaを1万5千枚用意した。ところが、12月20日早朝、Suicaを発売する東京駅には既に9千人以上の人の列があった。JRは、急きょ予定より46分早い午前7時14分から販売を開始したが、その後も続々と人が訪れ駅前は人であふれかえった。混雑を避けるため、JR東日本は販売を途中で中止せざるを得なくなった。
この販売中止を受けて大勢の人がJR社員らに詰め寄り、現場は大混乱になった。インターネットのオークションサイトでは、10万円や20万円などの高額で転売を呼びかけるケースも相次いだという。
東京駅物語

北原亜以子著「東京駅物語」は、東京駅を舞台にしたグランドホテル形式の連作小説である。著者のストーリー運びの巧みさには感心するものの、いかんせん9つの短編小説に登場する人物の数が多い。読みながら名前をメモしていかないと、人物と人物の間の関係を見失ってしまいそうだ。
全9話に登場する主な人物は、17歳の時歌人にあこがれて富山から上京した女性、友人に騙された挙句に借金を背負い自殺を考えている青年、結婚詐欺を生業にしている男、陰で売春行為を行う小学校の女教師など、それぞれに暗い影を背負っている。そして彼、彼女たちは、東京駅で人生の岐路とでもいうべき出来事に遭遇する。東京駅は登場人物たちのいわば人間交差点である。
さらに、9つの短編は舞台の時間軸が異なっており、東京駅開業前の明治時代後期を舞台にした第1話から、終戦後を舞台にした第9話まで、それぞれ時代背景が異なっている。

どの物語もそれぞれ面白いが、第4話「終着駅」は人生の浮き沈みが凝縮されていて印象的だ。三木本悠二は生真面目で優しい性格、ある意味人が良過ぎる青年である。
友人の頼みを断れずにその友人が経営する小さな製造業の会社に入社する。しかしその友人に騙されて高利貸しからの借金を背負う羽目になる。連日訪れる高利貸しへの対応から心労が重なり母親が他界する。父親も息子のために資産を投げ打った後、母親を追うように他界する。さらに追い打ちをかけるように、悠二に好意をいだいていた女性との別離などがあり、とうとう悠二は東京駅で自殺を考えるようになる。
その東京駅で悠二に転機が訪れる。どん底から幸福をつかみ始めた悠二だが・・・・・。

この小説には、東京駅ができる以前から、東京大空襲による被害を受けるまで、東京駅と鉄道の変遷が描かれている点も興味深い。中央停車場(東京駅のこと)ができる以前の情景は以下のようである。
「三菱ヶ原と呼ばれている丸の内一帯は、陸軍移転の費用をねん出するため、政府が岩崎弥太郎に買収を頼んだと言われている。そこに中央停車場が建設されるのである」
「ドイツの建築家、フランツ・バルツァーの設計をもとにしたものだというが、完成すれば、長さ335メートルもある鉄骨赤煉瓦造り三階建ての停車場が、荒れ果てたままの三菱ヶ原に登場するのである」
大正12年頃の中央線の運行形態を「のの字運転」と称していたらしい。小説には万世橋駅も描かれている。
「4年前の大正8年に東京駅と万世橋駅をつなぐ高架橋が完成し、吉祥寺、中野方面と万世橋駅の間を往復していた中央線の電車が、東京駅まで入ってこられるようになった。
山手線は東京から品川、新宿、田端を経て上野へ走っていたが、鉄道省はこれに中央線を結び、中野から新宿を通って東京、品川へ、それからもう一度新宿を通って池袋、上野へ行くという運転を始めたのである。
この線路のかたちが、ひらがなの『の』の字に似ているのだった。変わった運転系統だが、のの字運転は好評らしい。これで交通の便が良くなったと、雑草の生い茂る原っぱばかりが目立っていた中野周辺に家を建てる人も増えてきたそうだ」
八重洲口が出来たのはずっと後だったようだ。
「皇居外濠にかかる八重洲橋の向こうに、バラック建てのような駅舎がある。それが3年前、昭和4年の12月に開設された八重洲口だった」

冒頭で紹介した開業100周年記念Suica、JR東日本は最終的に購入希望者全員に発売することを決め、2015年1月末から10日間募集申し込みを行った。その結果、500万枚もの申し込みがあったという。

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