2015年 8月 1日

タブレットやスマートフォンの普及、交流サイトや各種アプリの普及により、何時でも何処でもリアルタイムに情報アクセス、情報共有が出来るデジタル社会が加速している。
それがもたらすものはプラス面だけではない。ポール・ロバーツ著、東方雅美訳「『衝動』に支配される社会」は、欲望と衝動に突き動かされる消費者と、目先の利益と株価対策に追われ、長期ビジョンや人材育成をないがしろにする企業など、現代社会(資本主義経済)の危うさを考察した書籍である。本書はデジタル社会のマイナス面についても言及している。その中から印象に残る話題を幾つか紹介する。

同質なコミュニティは極端な方向に進む

シカゴ大学のキャス・サンスティーン氏によると、
「似たような思考の人々のコミュニティは、集団心理により考え方が極端になり、異なる意見に寛容ではなくなっていく。その理由は、似たような思考の人々のグループにいると、自分の見解に自信が持てるようになるからだ。
政治や社会の多くの問題について、人は一般的に強い意見を持っていない。なぜなら、あらゆる議論を分析して結論を導き出すという困難な作業を行っていないからだ。
その結果、自分の見解に自信が持てなくなる。だから私たちは周囲にいる人の平均的な見方を採用して自分の意見をヘッジする。すると、様々な人で構成される多様なコミュニティでは自分の意見は中心に近づいていく。
しかし、考え方の似た同質のコミュニティでは個人は他の全員と意見が合い、それによって自信が得られる。コンセンサスがあると、熟考という作業をしなくとも自分の見解が良いと考える。しかも、自信を持つにつれ信念は強固になる。多くの状況で人々の意見はより極端になっていく」という。
すなわち、「異質なコミュニティはグループの行き過ぎを抑えるが、同質なコミュニティは極端な方向に突き進む」。
インターネットの交流サイトや掲示板には、趣味や思想、考え方が同じ人々が集まるコミュニティーが形成される。サンスティーン氏の説に従えば、このようなコミュニティー上の意見は極端な方向に進む傾向があると言えるだろう。特にインターネットの場合は、(例えばTwitterに代表されるように)その時々で思い付いたことを、その時の感情に任せて投稿することがあるから、この傾向は増幅される可能性がある。近年、日本の社会は寛容と余裕が失われてきたと言われるが、その要因の一つにネット上のコミュニティの発達が考えられるのではないだろうか。
デジタル社会では、自分達とは異なる意見にも耳を傾ける寛容さを失わないよう、自戒が必要である。

オンラインでのコミュニケーションがつながりを壊す

デジタルでの交流を数十年研究してきた社会学者で臨床心理学者のシェリー・タークル氏によると、
「いまではいつでも他者とコンタクトを取ることが可能になったので、私たちはそれを過剰に行いがちで、たとえわずかな空白が生じても孤独を感じ、忘れられたと感じる。」
「デジタル時代以前の人々は、誰かから数時間や数日間、あるいは何週間も連絡がなくとも気掛かりだとは思わなかった。しかし、デジタル時代の人々は、すぐに返事が来ないと落ち着かず、不安になる。」
これは、例えば、LINEに関わる問題点や事件をWebで検索してみれば分かる。”既読なのに返信してこない”ことが原因で、喧嘩やトラブルに発展することがある。また、 その時の感情がストレートに出て事件に発展する事例などが見られる。

QLP(Quantitative Legal Prediction:定量的法予測)

「QLPとは映画マネーボールで描かれた野球における統計分析のようなもので、その弁護士版のプロセスである」
「QLPの背後にある考え方はシンプルだ。それは、弁護士に依頼される業務のほとんどは将来の予測である、というものだ。例えば、幾つかの事実をもとに判断すると、訴訟の結果はどのようになりそうか。契約が破棄される確率はどのくらいか。あの裁判官はどのような判決を下しそうか。」
「専門家によると、今でさえ、コンピューターは75%の確度で判決を予測できるという。これに対して人間の予測の正確さは59%だ。この新たな労働力節減の技術が本格展開されつつあるなか、法律事務所はそれを使わないという選択はできないだろう。」
弁護士の仕事には高度な専門知識とスキルが要求され、従って収入もそれに見合う高額なものだと思われているが、弁護士の仕事の多くをコンピューターが肩代わりする日が近い将来やって来るだろう。
「AI(人工知能)の進歩が人間から仕事を奪う」という類の話をよく聞くが、これは必ずしも間違いとはいえない。本来、イノベーションが起きると新たな産業や仕事が生まれ、それに伴って新たな雇用が創出される。産業革命以降の製造業やサービス業の発展(およびそれに伴う雇用の創出)を考えれば明らかだ。
しかし、昨今のIT利用の動向をみると、必ずしもそのようにはなっていない。これは、企業におけるITの利用が、主にプロセスのイノベーションに利用されてきたからである。
プロセスイノベーションとは、従来の業務プロセスにIT技術を活用することで、仕事の効率をあげ、必要な人的資源を削減する取り組みである。業務プロセスの改善によってそれに携わる要員(コスト)が減少する。
本書によれば、プロダクトイノベーションよりもプロセスイノベーションが好まれる理由は、企業が短期利益と株価(株主利益)を重視するからである。プロダクトレベルのイノベーションには、中・長期の取り組み(研究開発や人材育成)が必要になる。一方、プロセスレベルのイノベーションは比較的短期間に成果を出せる。
昨今の企業は、人員整理を中心としたコスト削減による短期利益の造出や、自社株買いによる株価の維持・向上など、目先の利益を重視する傾向が強い。短期利益の追求が、中・長期的な成長を阻害するというジレンマに陥っているようだ(これは主にアメリカ企業の話であるが、昨今日本で起きている企業の不祥事を見れば、日本企業も同じ傾向にあると言わざるを得ない)。

 


2018年6月追記
上記ブログ記事で、企業におけるITの利用が主にプロセス・イノベーションに利用されてきたことを記載した。これによって人件費コストの削減は進むが、新たな雇用の創出は望めないことを記した(新たな雇用を生み出すのはプロセス・イノベーションではなく、プロダクト・イノベーションである)。
ITを活用するユーザー企業の団体である日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が、「企業IT動向調査2018」を発表した。これによると、「IT投資で解決したい中長期的な経営課題」のトップは、「業務プロセスの効率化(省力化、業務コスト削減)」で27.3%(2017年度調査から5.8ポイント増加)となっている。
近年、労働力不足やホワイトカラーの生産性向上、あるいはワークライフバランスなどが声高に叫ばれ、ITを業務プロセスの効率化に利用する傾向が益々強まっている。
業務プロセスの効率化に資する技術のなかで今一番ホットなのがRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)だろう。IT系のメディアを見ていても、RPAの事例や、RPAを導入する際の注意点、などの記事が随分と増えている。 

 

 


2019年2月追記  同調圧力
「宝くじで1億円当たった人の末路」(鈴木信行、日経BP社)に「同調圧力」に関する指摘がある。
日本は極めて同調圧力(みんなと同じことをしなければならないというプレッシャー)が強い。諸富祥彦氏は、この理由の一つに、多くの人が小学校高学年から中学校にかけて体験する集団生活があるという。
クラスの中はいくつかの”排他的集団”に別れ、子どもたちはいずれかの組織に属さなければ平和な学校生活を送れない。安定して集団に属するためには、とにかく周りと同じであることが要求される。周りと違うとどんなひどい目に遭うか、この時期多くの人は無意識のうちに体に叩き込まれて青年期を迎える。同調圧力は人々のストレスになっている。
さらにこの同調圧力、群れたがる気質が企業の生産性を阻害する要因にもなっている。
日本の企業は無駄な会議が多いが、これは会議や打ち合わせと称して群れること(責任を分散すること)を好むからだという。みんなが同調していたら革新的なアイデアなども生まれてこないだろう。
SNSなどのネット上のサービスを利用する人が増えたことで、この同調圧力が強まっているという。ネット上にも多数の排他的集団が形成され、ある集団に属する人はその集団の考え方に同調するようになる、ということだろう。先に引用した「同質なコミュニティは極端な方向に進む」と同じ理屈であるが、これが現代の日本(文化)の特徴(欠点)であるという指摘は重要だ。 

 

 


2019年5月 追記
デジタル社会がもたらす負の側面に関して、他の書籍からの引用を追記する。
●文脈的知識の欠落
「クラウド時代の思考術」(ウィリアム・パウンドストーン、青土社)に以下の指摘がある。
「知識を知能へ変化させるためには、常に文脈を捕捉することが必要である。インターネットの知識が危険なのは、文脈が完全に剥ぎとられていることだ。」
少々解りづらい説明だが、(私が思うに)インターネット上の知識が断片的であることを指摘しているのだろう。例えば、ある言葉(概念)を理解するには、それと関連する概念や、歴史的背景、文化的背景なども理解していかないと体系的で正確な知識(知能)にはならない、ということだろう。 

●合理的無知
同じく、「クラウド時代の思考術」という書籍には「合理的無知」に関する言及がある。
いつでもどこでもスマホさえあれば情報を取得できるようになると、新しい言葉や概念を覚える必要性を感じなくなる。我々の脳は無意識のうちに、わざわざ脳に記憶させなくとも、必要な時にネットから取り出せば良いと考えるようになるようだ。

●脱感作効果と共感力低下
「アナログの逆襲」(デイビッド・サックス、インターシフト)によれば、現在のアメリカでは若者の「共感力」が著しく低下しているという。その主な理由として、デジタルテクノロジーの「脱感作効果(刺激に対する感情、感覚が鈍化すること)」があげられる。
共感的な人間の減少は深刻な事態を招く。自己陶酔的、自己中心的な人間が増え、協力的な人間が減り、暴力的傾向が強まる、と警告している。

●賃金格差の拡大
同じく、「アナログの逆襲」によれば、「デジタル経済は2つの職種を生み出すことに長けている。1つは社会上層の高賃金の高度な専門職、もう1つは社会の底辺の低賃金、低スキルの仕事。その結果として起きるのは、さらなる格差の拡大だ。欧米では1992年から2010年にかけて中級スキルの雇用が激減する一方で、高スキルと低スキルの仕事は増えている」
日本でもこの傾向が見られる。コンビニや外食産業では低賃金の外国人労働者が増加している。今後は介護などの分野でも外国人労働者の増加が見込まれている。日本の場合、主な原因は生産年齢人口の減少にあるが、デジタル社会になって高賃金の職種と低賃金の職種の格差が広がっている可能性はありそうだ。

●「アナログの逆襲」(デイビッド・サックス、インターシフト)
(アメリカでは)いくつかの分野でアナログの良さが見直され、再評価されるという現象が見られる。
レコードや、録音技術(アナログ録音)、凸版印刷、写真フィルム、ボードゲームなど。
(本書を読んだ限りでは)これらアナログの復権は年配者の懐古趣味ではない。これらのアナログの支持者には若者が多いという特徴があり、主にクリエイティブな活動においてアナログの良さが見直されているようだ。
考えてみればこれはごく当たり前のことだと思う。なんでもデジタルが良いというわけではないだろう。デジタル、アナログそれぞれに良いところがあり、適材適所で使い分けていくということだろう。

 

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