2016年 6月

平成28年6月経済産業省から「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」が公表された。
IT業界における今後の労働力の需要と供給の推計や、今後市場が拡大すると目される領域、ITベンダーの課題、IT人材の活用・確保に向けた提言、などで構成されている。
概要をかいつまんで言うと、
●日本のIT人材は2019年をピークに減少に転じ、2030年には約59万人が不足する。
労働者の高齢化も進み、平均年齢は2030年まで上昇し続ける。
●今後市場規模が拡大すると考えられるのは、
「ビッグデータ」、「IoT(/M2M)」、「人工知能(AI)」に関連した分野である。
●今後のIT人材不足への対応策として、シニア層や女性、外国人の活用が重要である。
また、人材の流動性も高めていく必要がある。
といったところだ。

報告書の内容は予想の範囲内、というか「まあ、そうだろうな」というのが率直な感想である。すなわち、報告書に描かれているIT業界の将来像は、日頃私たちが感じていることの延長線上にあり、特別目新しいことはない。
しかし、その一方で描かれている「現象」に対する根本的な「要因」を見逃しているようにも感じる。
根本的な要因の一つは、昔から再三指摘されている、IT業界の構造、多重下請け構造である。
今一つは、IT業界に限らず、日本の賃金体系が依然として年功序列型であること、そして今一つは、年を取るにつれマネジメント系の仕事が増えること、である。

具体的に見ていこう。
大きなトレンドとして、IT業界(IT関連産業)の労働人口は減少し高齢化が進む。これはIT業界に限らず日本の産業界全体の問題である。特に、介護サービスや運輸業、建設業などで労働者の不足が著しい。
調査報告書では、「2019年をピークに産業人口は減少に向かい」、「マクロ推計では2015年時点で約17万人のIT人材が不足しており、(中位シナリオの場合)2030年には約59万人の不足」になるそうだ。
さらに、「若年層は減少しシニア層が増加する」と予測している。
シニア層の増加は開発生産性の低下を招く恐れがある。シニア層の多くはマネジメントスキルはあるものの、最新技術の吸収には対応できなくなっていくのが一般的だ。
実際、システム開発の現場では、設計や開発は若手や中堅の技術者が担い、シニア層はその管理を担うという構造がみられる。この構造は元請企業に限らない。開発の主力となる下請け企業においてもこの傾向がみられる。
このような構造では管理のオーバーヘッドが大きくなり、ソフトウェア開発の生産性は低下する。多重の下請け構造であるがゆえに、管理のオーバーヘッドも多重化してより大きくなる。
本来、労働人口が減少する分、生産性を上げていく必要があるのに、その逆の結果を招くというわけである。
シニア層になるほどマネジメントが重視されるのは、終身雇用や年功序列型の賃金体系が関係している。
若手・中堅の技術者と、それを管理するマネージャーでチームを作り、仕事に対して組織的に取り組む。企業組織で経験を積むにつれマネジメント責任が重くなり、賃金も上昇するのが一般的である。年齢構成がピラミッド型の時はこの態勢でも大きな問題はなかった。

報告書では、今後市場が拡大すると目されている領域は、「ビッグデータ」、「IoT(/M2M)」、「人工知能(AI)」などであり、この領域を担うIT人材(先端IT人材)は、今後、質量ともに大幅に不足すると予測している。
一方、今後はシニア層が増加するから、先端IT人材の不足をシニア層で補おうとするであろう。しかしこの対応には困難が伴う。現状、ITベンダーでも下請け企業でも、シニア層になるほど開発現場から遠ざかる傾向にあるから、最新技術の吸収は難しくなってくる(スキルを高めるためには、教科書的な知識のほかに、開発現場での経験が必要である)。

先端IT人材の不足という課題に対処するとき、多重の下請け構造が障壁になる可能性もある。
例えば、AIを例にとれば、AI関連の事業企画やシステム開発に従事している技術者の多くは、大企業のなかの一部の技術者(または研究者)だと思われる。下請け企業のIT技術者がAI関連の開発に従事できる機会は極めて少ないだろう。
IT業界は、元請企業が上流工程を担い、下請企業が下流工程を担当するというピラミッド構造である。
賃金もこのピラミッド構造に依存している。先端ITに携わるチャンスもこのピラミッド構造に依存するだろう。
さらに、下請け企業のIT技術者が、大手のベンダーやユーザー企業に転職するのは容易なことではない。
これは企業の採用が定期採用に偏っていることと、労働者自身が安定雇用を求めていることなどが関係している。
安定志向の背景には、正規雇用と非正規雇用の賃金格差の問題がある。長らく非正規雇用で仕事を続けていると、なかなか正規雇用の職に就けない現実があり、そのことから労働者は安定雇用、正規雇用を望むようになった。
このように、技術者本人が先端ITといわれる分野の仕事に従事してスキルを高めたいと思っても、そう簡単にはいかない仕組みがある。

報告書でも人材の流動性が課題であることが指摘されている。流動性を高めようと思ったら、企業の人事採用の慣行や、賃金体系、正規と非正規の賃金格差にもメスを入れる必要がある。また、労働者の意識も変えていく必要があるだろう。先にも指摘したように、これらはそう簡単に変えられるものではない。日本人は保守的だとか、極端にリスク回避的であるとか、消費よりも貯蓄を重視するとか言われるように、安定性を好む傾向は日本人の思考様式にすっかり根付いているように見える。業界再編成などの大きな外圧が必要なのかもしれない。

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