松尾真一郎ほか著「ブロックチェーン技術の未解決課題」(日経BP社)は、章ごとに筆者が異なるため内容に冗長さを感じる部分もあるが、一通り読み通すことでブロックチェーンに対する世界の期待や標準化動向、および技術面における課題を一望することができる。
ブロックチェーンはビットコインが注目される中で世間一般にも知られるようになった。しかし、ビットコインの革新性はブロックチェーンの仕組み自体にあるのではなく、ビットコインの価値を維持するために協力し合う「エコシステム」にある。
「ビットコインのエコシステムから切り離して、本当にブロックチェーンに利用価値があるかどうかはまだ手探りの段階である」と評価する筆者もいる。
ブロックチェーン技術は、仮想通貨(暗号通貨)をはじめ主にフィンテックの文脈で紹介されることが多いが、例えば権利関係を証明する台帳の管理や履歴書、デジタルコンテンツの公証などへの応用が期待されている。
一方で、ブロックチェーンはまだまだ未成熟な技術であり、多くの課題が残されている。ブロックチェーン、およびその技術を利用したビットコインにはまだ多くの課題があるとはいえ、既に9年以上の運用実績がある点は評価されて良いと思われる。(サイバー攻撃に対してそれなりに耐えてきたわけだから・・・)
反面、この特徴を維持しようとするがゆえに多くの課題を抱え込んでしまっている、と言えそうだ。システム管理およびシステム運用管理の面から考えれば中央集権的な仕組み(集中管理)の方が効率が良いことは、容易に想像がつく。
ITの世界では以前から(オープン化やダウンサイジングが叫ばれた頃から)分散システムがあるが、たいていの分散システムはサーバの台数が決まっており、トランザクションを処理する時にはたいてい親玉がいる(親玉がダウンした場合の代役も決まっている)。
一方、ブロックチェーンはP2P(ピア・ツー・ピア)の環境であり特定の親玉はいないようだ。そして接続するコンピュータの台数も可変である。(利用者が増えればシステムに参加するコンピュータも増えていく)
このようなブロックチェーンの仕組みには「分散したデータの更新に関する完全性」の問題がある。(データの更新に関する完全性が保証されているわけではない)
これはトランザクション、およびデータの完全性・一貫性が求められるシステムにとっては大きな課題である。
そのほかの課題の中で(個人的に)大きな課題だと思われるのが、スケーラビリティの問題とセキュリティの問題、そしてプログラムのバージョン変更の問題である。
スケーラビリティについて、ブロックチェーンの台帳は10分間に1Mバイトのデータが追加される仕様になっている。これは平均すると1秒間に約7トランザクションになるそうだ。
今日のオンライン系のシステムで7TPSというのはかなり貧弱な性能である。
「スケーラビリティと非中央集権性のトレードオフ」の問題は、ブロックチェーンの設計思想も絡む問題で、今も論争が続いていると言う・・・・。
バグ改修はもとより、 ブロックチェーンが未成熟な技術であることを考えれば、機能強化や機能変更は十分考えられる。プログラムのバージョンが混在する環境で台帳データを共有しなければならない。
この事件は、仮想通貨そのものの問題ではなく、取引所のシステムとその運用管理の問題であろう。現状、仮想通貨の取引において、取引所を信頼せざるを得ない状況(事件を受けて金融庁の指導が強化されてはいるが)も、大きな問題といえるだろう。
法定通貨でない仮想通貨の価値を裏付けるものは何なのか、現実の商取引では掛けでの売買があるわけだが、今のように価値が乱高下するようではリスクが大きすぎて決済手段になりえないのではないだろうか、など、経済学的な切り口で見たときの課題が気になるところではある・・・・。
2019年4月追記
浜矩子「通貨の正体」(集英社新書)に仮想通貨に関する記載がある。
通貨が通貨であるためには、すべての人が「これは通貨である」と仮想することが条件である。この意味において、現在の仮想通貨は「仮装」通貨だと著者はいう。
2017年の改正資金決済法施行以降、ビットコインなどは通貨として扱われることになった。コインチェック社から仮想通貨NEM(ネム)が流出した事件以降、取引所の管理体制や投資家保護の観点から金融庁の規制が厳しくなった。
三菱UFJ銀行がMUFGコインを発行して送金の効率化を目指すなど、銀行が暗号通貨を発行する動きも見られる。(さらに中央銀行も暗号通貨の検討をしているようだ)。このように「仮装」通貨をめぐる動きは目まぐるしく状況が変化している。
最近のニュースでは、マネーフォワードが仮想通貨交換業登録に向けた手続きの中止を発表した(2019年4月15日)。
ビットコインなどの仮想通貨は当分は「仮装通貨」でしかないのであろう・・・・。