矢田津世子「茶粥の記」

矢田津世子は1930年代に活躍した作家である。昭和19年(1944年)、結核のため37歳の若さで亡くなっている。私は最初その著作を青空文庫で読んだが、講談社文芸文庫からも短編(中編)集が出ている。
矢田津世子は明治40年(1907年)、秋田県南秋田郡五城目町で生まれた。作品「凍雲」は五城目町を舞台にしており、「茶粥の記」でも主人公の清子が良人の死を契機に故郷の五城目町に引き上げる様子が描かれている。「凍雲」では町の様子が次のように描かれている。
「秋田市から北の方へ、ものの1時間も汽車に揺られていくと、一日市(ひといち)という小駅がある。ここから軌道がわかれていて、五城目町という町にいたる。小さな町である。封建時代の殻の中に、まだ居眠りをつづけているような、どこか安閑とした町である。現に、一日市で通っている駅名も、元々、この町の名で呼び慣らされていたものだったけれども、いつのまにか奪取れてしまっていた。
居眠りをしていたせいである。居眠りをしながら、この町は、老い衰えてゆくようにみえる」
嘗て一日市駅と 五城目駅の間を結ぶ秋田中央交通線があったが、昭和44年(1969年)に廃止されている。この鉄道はその歴史の中で、五城目駅が一日市駅に改称されたり、東五城目駅が五城目駅に改称されたりと、なんだかややこしい。

講談社文芸文庫の解説によれば、1920年代後半から1930年代にかけては、「女流作家の時代」だったそうだ。今日では、(解説に書かれているように)閨秀作家という言葉はほとんど聞かないが、女流作家という言い回しが死語と化したのか否かは良く分からない。(私自身はこの言葉に特に違和感を感じないが・・・)
矢田津世子 の作品のうち、「家庭教師」と「秋扇」は映画化されているから、彼女は当時の流行作家であったのだろう。(残念ながら、この2作品は青空文庫にも講談社文芸文庫にも収録されていない)
年譜をみると、映画「家庭教師」が封切られたのが昭和15年(1940年)で、この年に矢田は肺炎を患ったため、試写会には出席できなかったとある。この時、彼女は33才であったから、これ以降亡くなるまでの間、度々体調不良に悩まされていたと思われる。

「茶粥の記」は良人の死後、清子(主人公)が姑(はは)と二人で良人の遺骨をもって故郷に引き上げるときの様子が描かれている。良人の故郷は先にも記したとおり、秋田県の五城目町である。良人は上京後、区役所の戸籍係として働いていたが、41歳の若さで亡くなった。
清子の得意料理は土鍋て作るお粥である。姑も彼女のことをお粥炊きの名人だと称賛する。清子は、紫蘇粥や、青豆粥、海苔粥、梅干し粥などいろいろなお粥を工夫する。なかでも茶粥は善福寺和尚からの直伝という一品である。
清子の夫は、職場や友人の間では食通として知られており、雑誌向けに食にまつわる話なども執筆していたようである。また、仲間うちで食の話が出ると地方の名産品のことなどをこと細かく、滔々と話す。
「牡蠣は何といっても鳥取の夏牡蠣ですがね。こっちでは夏は禁物にされているが、どうしてどうして鳥取の夏牡蠣ときちゃあ堪らない。シマ牡蠣ともいいますがね、・・・・」という具合。
しかし、清子の夫の食通は、実は耳学問のようである。
「あなたって変ね。本当に召し上がりもしないでお料理のことをご存じだなんて・・・食べなけあ詰まらないのに」と清子はおかしがる。
姑は、実の息子が亡くなったというのにあまり気落ちしていない(ように読める)ところがおもしろい。息子とよりも、清子との仲が良いからなのかもしれない。姑は今回の帰郷の途中で霊泉寺温泉に立ち寄るのを楽しみにしている。
「明日の晩は温泉さ入れるえ、足コも何もびっくりするべ」
姑も清子も温泉に行くのは初めてである。
姑を思いやる清子の心が暖かい。

五城目町のホームページによれば、明治29年(1896年)、五十目村が「五城目町(ごじょうめまち)」となった。その後、昭和30年(1955年)、五城目町、馬場目村、富津内村、内川村、大川村の5つの町村が合併し、新しい町の名前を「五城目町」として現在に至る。
また、秋田県広報誌「あきた」(1990年(平成2年) 11月1日発行)によると、平成天皇即位の際に行われた大嘗祭において、五城目町の水田が斎田(悠紀田)に選ばれたそうである。
広報誌は、大嘗祭で神前に供える新米を刈り取る「斎田抜穂(さいでんぬきほ)の儀」の様子を、
「万が一の事故に備える五百人からの警察官と、全国としても六十年ぶりという珍しい行事を一目見ようと道端に列をなす見物人とに囲まれた中での儀式となった」
と伝えている。令和の斎田抜穂の儀も、厳重な警備と大勢の見物人のなかで行われることになるのだろう。

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