濱口圭一郎「ジョブ型雇用社会とは何か」

「ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機」(濱口圭一郎:著、岩波新書)は、雇用システムとしてのジョブ型とメンバーシップ型の違いと歴史的背景からはじまり、中高年問題や高齢者雇用対策の矛盾、労働問題などを幅広く解説している。ジョブ型雇用社会とは何か
著者が指摘しているとおり、本書には”目から鱗”の知見が沢山あった。著者は本書の目的を次のように述べている。
「本書は雇用システム論の基礎の基礎に立ち返り、ジョブ型とメンバーシップ型とは何であり、何でないかを、分かりやすく示したうえで、雇用労働に関わる様々な領域ごとに、世の多くの浅薄なジョブ型論者が見落としている重要なポイントを一つひとつ解き明かしていきます」 

著者は2020年以来おかしなジョブ型論が世の中にはびこっていると指摘している。
その多くは、ジョブ型とメンバーシップ型の定義を正確に理解していないか、または、ヒト基準とジョブ基準を混同していることが原因だという。
この意味からも、最初にジョブ型とメンバーシップ型の定義、特徴を引用しておく。
ジョブ型とは、最初に職務(ジョブ)があり、そこにそのジョブを遂行できる人間をはめ込む雇用形態である。
人間の評価はジョブにはめ込む際に事前に行う。あとは、そのジョブをきちんと遂行できているかを確認するだけ。
遂行できていれば、そのジョブにあらかじめ定められた価格(賃金)が支払われる。

日本の、主に大企業の正社員の雇用形態であるメンバーシップ型とは何か?
これは日本独特の雇用システムだといえる。ジョブ型のように労働契約で職務が特定されていないことが最大の特長である。
職務が特定されていないから、最初はみな未経験者と同じ。従って労働者は、職場の上長や先輩からOJTを中心とした教育訓練を受け、該当職務を習熟していく。
さらに、定期人事異動で定期的に職務を替わっていくのが一般的である。これは、その会社の専門家(というよりゼネラリスト?)に育て上げることが目的である。
また、ある職種に欠員が出たら、他の職務から人を移動して対応することが容易である。このような仕組みが終身雇用に繋がっている。
また、賃金はジョブではなくヒト(その人の勤続年数や潜在能力、あるいは情意)に対して値付けする。

本書を読むと、日本にはメンバーシップ型の雇用システムが根強く残っていることが分かる。
そして、欧米のジョブ型を前提とした制度を、安直にメンバーシップ型の社会に持ち込むことで多くの問題が発生する。
例えば、「同一労働同一賃金」というのは本来ジョブ型が前提になっている。すなわち、同じ職務(ジョブ)であれば賃金も同じであるべきだ、という論理である。
一方、先に記したようにメンバーシップ型では職務が固定されていないから、この制度を持ち込むことには無理がある。
ここで問題をさらに複雑にしているのが非正規労働者の存在である。非正規労働者の雇用形態はジョブ型に近い。
従って、この問題は正社員と非正規労働者の賃金格差、処遇格差とも関連している。

日本のメンバーシップ型の特徴の一つが年功賃金である。
年功賃金制を歴史的にみるとその起源は”生活給”に発する。年齢を重ねるにつれて結婚し、子供が生まれ、子供の教育費負担が増えていき、・・・生活に必要なお金も増えていく、という発想である。
景気が良いときはこの制度で問題はなかったが、デフレが続く状況下、中高年の賃金が問題視されるようになる。
企業にとって、多くの中高年社員に支払っている賃金は、その貢献に見合わない高給になっている。この問題も同一労働同一賃金の問題と関係している。
先にも記したように、同一労働同一賃金はジョブ型が前提になっているから、年功賃金制に当てはめるには無理がある。

高齢者雇用対策(70才までの就業確保措置)というのもおかしなことになっているようだ。
著者は指摘する。
「純粋他社での雇用も、本来自立しているはずのフリーランスも、果ては自発的に行われるべきボランティアまでも、全て70才まで元の会社が面倒見なければならない、という奇妙な制度になっている」

解雇に対する考え方もジョブ型とメンバーシップ型では大きく異なるようだ。
ジョブ型社会では、担当する職務がなくなれば、それを担当する人が解雇されるのは至極当然のことのようだ。すなわち、企業の構造改革などに伴う整理解雇は正当であるとの立場である。
一方、メンバシップ型は雇用契約で職務が限定されていないから、不当解雇という見方になる。
日本では解雇の問題は法律上も複雑だ。
民法では解雇自由が原則であるが、労働法の世界では解雇に正当な事由がなければ権利の濫用になる。いや、そもそも日本の法律(民法、労働法)は、もともと欧米と同じくジョブ型を前提としているようだから、日本の雇用システムと労働法制の間には大きなギャップがあるそうだ。

日本における労働組合もかなり複雑怪奇なことになっている。
主に大企業における企業別組合には二つの側面があるらしい。
「日本の企業別組合は、労働条件について団体交渉をするための組織という性格と、企業の生産活動に参加するための従業員代表機関という性格が密接不可分にくっついている」
さらに大企業の正社員以外の労働者がいる。
「日本の労働者は、団結も(生産活動への)参加もある大企業正社員の少数派と、団結も参加もないそれ以外の多数派(中小企業の労働者や非正規従業員)から成る、といえる」
多数派である、中小企業の労働者や非正規従業員の労働問題を救済するために、日本独特の「コミュニティ・ユニオン」という組織が存在する。
これは、「完全に企業外部で個別労使紛争のために組合という名の傘をさしかけるサービスを提供する、一種の労働NGO的存在」である。

本書を読んで改めて日本の雇用環境におけるメンバシップ型の根強さを感じた。
私たちの考え方の根っこにはメンバシップ型の思考様式が染みついていて、ジョブ型の思考様式を深く理解できていない。
メンバシップ型の思考様式という土台のうえに、ジョブ型の考え方や制度を持ち込もうとするからややこしいことになる。メンバシップ型のデメリットを是正し、ジョブ型の良い点を導入したいなら、根本から制度設計しなければならないだろう。
幸い私たちのIT業界はジョブ型に近い側面を有している。
プログラマーや、インフラエンジニア、アプリケーションエンジニアなどに区分されていて、さらに細かく職務を定義することが可能だ。
フリーランスで仕事をする人も多いからジョブ型の考え方に比較的馴染みやすい。
問題があるとすれば、下請け構造だろう。
日本のIT業界は多段階の下請け構造になっていて、構造の下部ほど賃金が安くなる傾向にある。同じような仕事をしていたとしても、下請け構造のどこに所属するかによって賃金や処遇に格差が生じている場合がある。

 

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