村上茂久「決算書ナゾトキトレーニング」

2023年7月31日

「決算書ナゾトキトレーニング 7つのストーリーで学ぶファイナンス入門」(村上茂久:著、PHPビジネス新書)は、会計・財務に係わる数字を実践的に読み解くための入門書である。

決算書ナゾトキトレーニング
決算書ナゾトキトレーニング

本書の冒頭に「決算書の数字を手掛かりに企業の真の狙いを読み解いていく・・ある意味ナゾトキです」とあるように、7つの物語を読み進めながら、会計・財務指標の理解を深められる工夫が施されている。

といっても、内容はそれなりに難しい。扱う企業がメガベンチャーやネット企業、サブスクリプションを提供する企業など、旧来の企業とは異なるビジネスモデルを有しているからだ。
従って、決算書(およびそれに付随する報告書)に対する着眼点が従来の教科書(会計・財務の教科書)とは異なっていると感じる。私自身はこの領域に関して入門レベルの知識しか持ち合わせていないが、精通している人にとっても目から鱗の部分があると思う。
なお、本書を理解するためには簿記2級レベルの知識が必要だ(あった方が良い)と思う。
7つの読み物のタイトルが刺激的だ。「メガベンチャー”メルカリ” 228億円の赤字でも絶好調の謎」、「経済のプロ99人が読み解けなかった”ソフトバンクグループの決算書」・・・という具合だ。

旧来の企業とはビジネスモデルが異なる新興企業について、決算書などの数字を読み解く際には、「ビジネスモデルの理解が不可欠」であることが理解できる。
本書に登場するメルカリは、営業損益が赤字であってもキャッシュが豊富であることが示されている。財務体質を判断する指標の一つ「ネットデット(有利子負債ーキャッシュ)」も問題ない、と分析している。
メルカリの戦略は、”大量の広告宣伝費を掛けてでも、新規顧客を獲得してGMV(流通取引総額)を増やすこと”で、結果的に豊富なキャッシュを得ること”である。(キャッシュは顧客からの「預り金」などから得られているところがミソである)
この事例から得られる教訓は、「利益が赤字であってもその質を見ることが重要である。そのためにはC/S(キャッシュフロー計算書)に注目すべし!」ということである。

株式投資に関わる指標でよく目にするのが、PBR(株価純資産倍率)やPER(株価収益率)、PSR(株価売上高倍率)であるが、本書では「SaaSを理解する5つの指標」というのを紹介している。
ここでいうSaaSとは、主にサブスクリクション・サービスを提供している企業であって、サービスを提供する情報処理システムをクラウド上に構築している企業を指しているようだ。(特にクラウドに限定する必要はなさそうだが・・・)
この種のサービスでは、新規顧客を増やすだけでなく、獲得した顧客から得られる価値(LTV:顧客生涯価値)を如何に高めるか、がポイントになってくる。
「SaaSを理解する5つの指標」は以下のとおり(LTV以外は私も初めて知った)。
①CAC:顧客獲得コスト
②MRR:月次経常収益
③LTV:顧客生涯価値
④チャーンレート:解約率
⑤NDR:売上継続率
なお、LTV = 一顧客あたりの収入(月次) ÷ チャーンレート
の関係がある。

本書ではアマゾンの強みの一つとして、CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)がマイナスである点(営業CFが大きい点)を評価している。
CCCは、商品を仕入れて(買掛金)から、在庫になり、最終的に売り上げ(売掛金)を回収するまでの期間である。(キャッシュインとキャッシュアウトのギャップが生じる期間)
このCCCは中小企業にとっても重要な指標だろう。CCCが長い場合、この期間の資金(キャッシュ)は借入などで補わなければならず、資金繰りが悪化する恐れがあるからである。
CCCを改善する(短縮する)には、棚卸資産回転期間と売上債権回転期間を短く、支払債務回転期間を長くする必要がある。
しかし、例えば売上債権回転期間を短くする、といっても容易なことではない。本書にも書かれているとおり、そこには取引相手との交渉力(バーゲニングパワー)の強弱が関係してくる。
大企業を相手にしている中小企業は、相対的に交渉力が劣るから、売上債権回収期間を短縮するのは容易ではない。
一方、大企業の側からみると交渉力を活かしてCCCを短くすることができる。アマゾンはその典型のようだ(見方によっては弱い者いじめにもみえるけど・・・)。

本書では、エーザイを例に非財務情報の重要性を説いている。
最近よく見聞きするSDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance))に対する企業の取り組みのことである。
機関投資家は、ESGなどの非財務情報も考慮して投資先を選択するようになってきた。このような状況下で、企業も投資を受けるためにESGへの取り組みを重視する必要がある。
エーザイは売上高や当期純利益では業界第6位であるが、PBRは業界2位、PERは業界1位だそうだ。この要因の一つが非財務情報であるESGへの取り組みにある、と本書は分析している。(会計的な成績では業界の上位と差があるが、ファイナンスの視点ではトップクラス)
「ESGの課題に向き合うことで、長期的なリスクを軽減できる。
それが割引率(不確実性)を低下させ、企業価値の向上をもたらす」


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Posted by kondo