ポスト科学(もしくは脱科学的思考)

花村太郎著「知的トレーニングの技術」(ちくま学芸文庫)に、科学的思考の問題点が書かれていて興味深い。
科学的思考が万能であるかのように考えられている今日、私たちの反省を促す明察といえる。
いわく、
「考えなくするために考えている。科学とは本質的にそういう思考なのだ」
この諫言の言わんとするところはおよそ以下のとおりである。

・科学的思考は、何かの目的を達成するために考える。すなわち、考えることは手段である。
問いと答え、この両者を最短ルートで結ぶことが経済的(効率的)である。これが知の生産原理である。

・考えることは手段であるから、目的が達成されたらそれで終わり。すなわち、科学的思考とは、考えない状態(=目的が達成された状態)を目指している。

少々解りづらい論理だが、昨今話題のAI(人工知能)にもこの論理が当てはまる。
例えば、病気の診断や弁護士のサポートにAIを使おうという試みがある。病気の諸症状を入力してAIに病気の候補を推論させたり、過去の判例から有効な弁護の方法を推論させる。
最終的な判断は人間に委ねられているものの、考えることの一部をAIが代行してくれる。科学が進歩することで、人間が考える領域が減少していく。
自動車の自動運転なども同様である。人間はとっさの判断で誤りを犯すリスクがある。最近はブレーキとアクセルを踏み間違えて事故を起こすケースが度々ニュースで報じられる。人間が判断する(考える)よりもAIに任せた方が安全性が高まるということだろうか。
こうなると人間はますます考えることを放棄する方向に向かっているように見える。
このようなことから、AIは人間から知的労働の機会を奪うという主張がまことしやかに流布されるわけだが、本来は、人間はより高度な創造や思考領域を目指すべきなのだろう。

科学が発達すると生産性が向上する。
これは産業革命以降の工業、特に大量生産システムを思い浮かべれば納得がいく。生産性の向上を推し進めると、生産性を向上させるためのシステムが巨大化する。
システムが巨大化するとシステムの故障も増える。そのうち故障を直すために生産性を上げなければならなくなり、そのために科学的思考が総動員されていく。
著者は、公害やエネルギー危機も成長のシステム自体が生み出した故障であると指摘している。
経済が急成長を遂げた中国では環境汚染、例えば都市部の大気汚染の酷さが度々報じられている。高度成長期の日本でも環境汚染(河川の汚れや大気汚染など)がはなはだしい時期があった。工業が発展して地球温暖化が進み、CO2削減は喫緊の課題になってきている。
生産性向上のために動員した科学が環境破壊という故障をもたらし、今度は環境を回復するために科学を総動員しなければならなくなる。
自然を回復できる範囲であればよいが、閾値を超えると回復はほとんど絶望的になる。このまま科学的思考を追及して良いのか、まさに反省すべき時期が迫っている。

脱科学的思考について、本書にはそのヒントが記されているが、科学的思考(対象を分解、分析することや、原因と結果を分析することなど)に慣らされている我々には解りにくい。
ベルクソンによれば人間の認識には2つの方法があるそうだ。1つは科学的認識、今一つは直観という方法である。
「科学的認識は知ろうとする対象を外から眺める方法であり、直観はその対象を内からとらえる方法だ。そして直観によってしかとらえられない領域がある。意識とか時間がそれだ。
(中略)時間は意識の流れとしてのみ成立する」
「科学は対象をある方法によって、間接的にとらえることしかできないということ、だからまた、対象についての全体知を与えてくれないものだと理解すべきである」
これは人間の心とか意識がどのようにして生起するのか、それを解こうとするアプローチ方法に当てはまりそうだ。
科学的アプローチは、脳を対象として分解・分析する方向に突き進む。
笑っているときは脳のこの部分が活性化しているとか、考えているときは脳のこの部分が活性化しているとか、あるいは怒りは脳のこの部分が関係しているとか、そのような方法である。
このような分析方法で人間の心や意識の全体をとらえることができるのか、疑問が湧いてくる。
一方で直観によって内からとらえる方法にも限界があるように思える。仏教には、心のありようを唯識として体系化した理論がある。

さて、ポスト科学(脱科学的思考)とはどのようなアプローチ方法なのだろうか、私たちはそれを考える局面にきている。
少なくともAI(科学的アプローチの最たるもの)ではこの回答にはたどり着けないだろう。

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