木山捷平「長春五馬路」

木山捷平が描く小説の魅力は、主人公(その多くは作者自身であろう)の飄々としたおおらかな性格と、ちょっととぼけた感じのユーモア精神、そしてそれらを引き出す文体にあると思う。
「長春五馬路(ウーマロ)」もその作者の魅力がいかんなく発揮されている小説である。長春五馬路

木川正介は昭和19年の年末、満州農地開発公社の嘱託として、単身で満州にやってきた。といっても、特段の仕事はなく、名目上自宅勤務で、気が向いたら満州内を旅行して見聞を広めることが、仕事といえば仕事であった。
この呑気な生活も終戦の前後で一変する。
正介は終戦の直前、”どたばた召集”に引っかかる。入隊したのは戦車飛込み特攻隊というところで、入隊早々飛び込みの訓練を強要される。やがて迎えた終戦によって、正介は特攻による戦死を免れる。

終戦前後の満州は混乱を極めていた。
正介が宿泊するトキワホテルの近くに原っぱがある。この原っぱがやがて日本人を埋葬する墓地へと変貌する。
お墓は日に日に数を増していき、墓標が林のように並んでいく。しかし、そんな風景も初めの1か月くらいで、何百、何千と並んでいた墓標は一本残らず姿を消してしまう。誰かが炊事をする燃料にするために引き抜いて行ったのである。
「新京市には8月9日までに日本人が12万人ほどいたのに、日ソ戦争が始まるや否や軍人官吏の家族が11、12、13の3日間に5万人ほど朝鮮方面に疎開していった。
そのあとへ、多少日はおくれたが北満からの避難民が15万人ほどどっと押し寄せ、日本人の人口は差引23万人にふくれあがった。その中から、その冬だけでも8万人は死んでいった。」

零下数十度の極寒と食糧不足、次々と人が死んでいく厳しい状況のはずだが、この小説からはそんな悲壮感や緊張感がほとんど感じられない。
むしろ、したたかに生きていく庶民の力強さや猥雑さ、そして厳しい状況を飄々と受け流していく正介の様子が、時にユーモアを交えて描かれていく。
この小説と同じく、終戦後の満州からの脱出を描いた小説に、藤原てい「流れる星は生きている」がある。「流れる星・・」の方は、飢餓状態のすさまじさや、人間の私欲・業の深さ、憎しみや怒りや、人間同士のいがみ合いが、これでもかというほど赤裸々に描かれている。
どちらも同じ時期の満州を舞台にしているとは思えないほどの違いである。

表題の五馬路とは、たとえて言えば東京の銀座通りに相当する繁華街である。
最初のうち、正介は白酒(パイチュウ)の行商をして糊口をしのいでいたが、ある時隣室の金山にそそのかされてボロ屋をやることになる。金山が仕入れた古着やぼろ布を、新京(長春)の五馬路あたりで売る商売である。
五馬路の路上には何百、何千のボロ屋がいたようで、その多くは満人であったそうだ。

旺文社文庫版の巻末に上田三四二氏の解説が載っている。そのタイトルは「平常心の文学」である。
これは、 「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」の平常心を指していると思われる。確かに正介(=作者)の飄々としたところは、どこか達観した人の風情さえ感じさせる。
しかし、同じく巻末の、著者夫人による年譜を見ると、
昭和26年:心悸亢進を起こし憂鬱な日々を送る。たびたび死の恐怖に襲われ、強度の神経衰弱となる。安酒、焼酎などを呑む不快な生活が続く。
などと書かれているから、満州でも相当の苦労、心労があったであろうことは想像に難くない。だとすると、この小説のおおらかさやユーモアは作者のサービス精神によるものだと考えられるのである。

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