実証性に乏しい?AI論(中沢孝夫「転職のまえに」より)
中沢孝夫「転職のまえに -ノンエリートのキャリアの活かし方」(ちくま新書)は、転職を考えている(主に中高年の)”普通の人々”に向けた書籍である。 本書には現在の労働市場や労働環境、これからの働き方などに関する著者の目線での見解が書かれている。この点で、転職を「考えていない」人でも、これらのテーマに関心がある人には参考になるだろう。 マスコミや(俗にいう)識者の見解がマクロレベルなのに対して、著者の視点はミクロ(現場)レベルであり、かつ対象も中小企業で働く”普通の人たち”である。(日本の労働者の約7割は中小企業で働いている) 本書で痛快なのは、昨今話題のAI論やシンクタンクの主張を、「実証性がない」とバッサリ切り捨てているところである。 「野村総研のレポート『日本におけるコンピュータ化と仕事の未来』は、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授およびカール・ベネディクト・フレイ博士と2015年に実施した共同研究をまとめたものとのことだが、どこを読んでも『机上の空論』の羅列であり、レポートを読んでも指摘されている『代替可能性が高い100種の職業』の一つにおいてさえ、関係者が長時間観察やインタビューをしていないとすぐにわかる。」 「(野村総研やオックスフォードの先生方は)現実の仕事を知らない。・・・職場における『創造性』、『複雑性』、『不規則性』といったことの具体的な中身を知らないのである。・・・大切なのは実証である。AI論者の主張する『単純な仕事』と『複雑な仕事』、『創造的な仕事』や『ソーシャルインテリジェンス』といった説明は実に空しい。具体的な仕事の説明が全くないからである。」 著者が指摘しているのは、AI論者は(例えば製造業の現場の)仕事の組み立てや仕事の流れを理解していない、だから具体性に乏しい、ということのようだ。 さらにAIの分野で著名な松尾豊東京大学准教授の「人工知能と経済の未来」についても厳しく批判している。 「(松尾氏は)レイ・カーツワイルが、シンギュラリティ(技術的特異点)が2045年にやってくると主張していることを強調しているが、実証できないことをいくら強調しても無意味である。松尾氏は、スティーブン・ホーキングや、・・・・など様々な有名人を援用して人工知能を論じているが、具体例になると急速に事例がしぼんでしまう。登場人物がみな『空想力』を競っているだけである。 科学には夢が必要だ。しかし夢想を科学に置き換えてはならない。科学というからには実証の義務がある。」 「これらの本に共通していることは、「『可能性がある』『かもしれない』『10年後か20年後には』と付け加えれば何を書いても良い、という発想である。 ・・・・また、主張の根拠となっているのは仮説を前提に新しい仮説を組み立てるという虚構である」。 著者が実証性の有無を重視していることが分かる。 これらのAI論者の言説をどう判断するかは読者自身が考えることであるが、世の中に多く流布している論説が偏向する傾向にあることを考えると、本書のような反論(批判)が提示されることは望ましいことだと思う。 著者の指摘(批判)はAI論に限らない。 「『仕事』や『働き方』『転職』『定年』といったテーマは『教育』と同様に、それぞれの人に『体験・経験』があるので、口角泡を飛ばすには絶好のテーマである。・・・『不安醸成論者』というべき存在がジャーナリズムにはたくさん存在する。不安を醸成することを仕事としている人間はいつの時代でも存在し、またニーズもあるが、『不安を食い物にするには』もう少しみな、事実を踏まえて発言すべきだろう」 近年増えている「格差論」「階級論」「貧困論」「下層論」についても、事実と異なることが書かれている場合が多々あるので注意した方が良いと指摘している(それぞれの具体的な内容は本書を参照されたし)。 著者が「知識人やシンクタンクはマクロで語るが、現実の暮らしや仕事はみなミクロである」と言うように、著者の目線は中小企業の(例えば製造業の)現場の仕事であり、現場で働く人々の働き方にある。労働者の7割が中小企業で働いていることを考えれば、この目線からの考察は重要である。 本書の本題である転職について、成功する転職の条件として、著者は「積極的な動機とそのためのスキルアップ」をあげている。 これとは反対に転職に失敗するのは、動機の消極性だという。例えば、今の仕事が向いていないから、職場環境が嫌だから、といった現状に対するネガティブな動機だと上手くいかないことが多いそうだ。 また、「転職がうまくいった人に共通するのは、学ぶ力を持ち、人間関係をうまく作れた人」だという。 学ぶ力や人間関係の構築は、転職に限らず仕事を続けていくうえで、あるいはプロジェクトを構築・推進するうえで、重要な要素だから、当然と言えば当然という気もするが・・・・。 |
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