J・B・ハリス「ぼくは日本兵だった」

百万人の英語昔、「百万人の英語」というラジオ講座があった。私も学生時代にお世話になった記憶がある。
この番組の講師にJ・B・ハリス氏がいた。(ネットから得た情報によれば、氏は2004年に逝去されている)
当時のラジオ講座のテキストを見ると、講師として他に鳥飼玖美子氏などがいた。番組を聞いていた当時は全く知らなかったのだが、J・B・ハリス氏は日本国籍を有しており、太平洋戦争にも日本兵として参戦していた。
その著書「ぼくは日本兵だった」は、日本兵として従軍していた当時の回顧録である。ハリス氏は、日本語による会話はできたが、日本語の読み書き(特に漢字)はほとんどできなかったというから、本書は英文で書いたものを訳者が翻訳したものだと思われる。
原題は「I Was a Soldier of the Emperor」となっているから、「日本兵」というよりは、「皇軍の兵士」というべきか。 

太平洋戦争をめぐっては、なぜ勝ち目のない戦争に突き進んだのか、なぜもっと早く終戦に持ち込めなかったのか、に関していろいろな論(情報)が出ている。その多くは、経済的側面や政治力学的側面から分析したもの、あるいは組織論、集団の心理学から考察したもの、また最近は行動経済学的な切り口で分析したものがあるようだ。
これらはマクロな視点でみていると言えるが、ミクロな視点からみるとまた違った実相がみえてくるのではないだろうか。
本書は、イギリス人の父と日本人の母を持つ(容貌はほとんどイギリス人に近い)ハリス氏が、戦場で体験したことを、一兵士というミクロな視点で述懐している。
戦地での出来こどだから、敵兵を殺戮する場面や上官から暴力を振るわれる場面など、血生臭い話があるが、陰鬱な話ばかりではない。著者の性格というべきか、ユーモアにあふれたエピソードも数多くあり、思わず吹き出してしまう場面もある。ぼくは日本兵だった

ぼく(ハリス氏)は中国の湯陰に二等兵として赴任して間もない頃、コバシ(小橋)少尉に呼び出される。
「おまえのお父さんはイギリス人だったね。イギリスはいい国だそうじゃないか。おれは慶応大学で法律を学んだが、ヨーロッパの歴史や文化にはとても興味があるんだ。いつかは一度行ってみたいと思っている」
コバシ少尉はインテリである。そのコバシ少尉がぼくに尋ねる。
「なあ平柳(ハリス氏の日本名)、おまえは新聞記者をしていたらしいが、日本はアメリカに勝てると思うか」
「おれはどうも勝てないんじゃないかと思っているんだ。物量の差はいかんともしがたいんじゃないかな」
ぼくは最初耳を疑ったが、コバシ少尉はまじめにそのように考えていた。戦地で将校がこのような発言をしたというのは驚きである。軍隊も一枚岩ではなかったということだろう。
もちろん好戦的な人物も多くいた。敗戦が決まった後も、
「シナに残り、匪賊になって山に立てこもり、徹底的に八路軍と闘おう」
という強硬派の下士官グループが存在した。 彼らを見てぼくは思う、
「おそらく、永年にわたる戦地暮らしが彼らを心底から殺し屋に仕立てあげたのだろう。”軍隊ボケ”ということばがあるが、ものごとを理性的に判断できなくさせる”何か”が、たしかに軍隊にはあるようだ。ぼくは改めて戦争のもっている底知れぬ怖さ感じていた」

ハリス氏は、その容貌がイギリス人に近いことからいじめや差別を受けることがあり、時にはスパイに間違われることさえあった。その一方でぼく(ハリス氏)を庇護してくれる人もいた。その一人がシブヤ兵長である。
討伐に参加した戦場でシブヤ兵長がぼくに話しかける。
「平柳、おれのそばについてろ。そうすりゃ、絶対に弾丸(たま)にあたらないぞ」
兵長の言うとおり、彼のそばにいると不思議に弾丸がそれる。
「それだけ兵長は戦況を見るのに機敏だったのだが、おかげでぼくは一度も弾丸に当たったことがないのである」
戦後ぼくはシブヤ兵長との出来事を思い起こす。
「兵長殿が同じ内務班でなかったのなら、平柳の軍隊生活はもっとつらいものになっていたでしょう。あの戦争から無事に生きて帰れたのも、兵長殿の支えがあったらばこそです。
・・・兵長殿が示されたやさしさは、ともすれば人間不信におちいりがちな私の心を救ってくれました。復員後40年がたち、多くのことを忘れてしまいましたが、シブヤ兵長殿のことは1日も忘れたことはありません。こうして書いていても、なつかしさで胸が熱くなります」

戦争末期の状況はかなりひどいものであった。
「新郷の大隊本部のすぐ脇に日本軍の飛行場があった。
・・・そのころ、何度か飛行場の警備に狩りだされたことがあった。はじめは十数機の戦闘機が整然と翼を休めているのを見て、非常に心強い感じがした。ところが、よく見るとその十数機のうち本物はわずか2機で、あとは全部張り子のにせ戦闘機ではないか。
なるほど遠目には本物そっくりだが、実は竹の骨組みに板を打ち付けて色をつけた巨大なおもちゃだったのである。
・・・これでは日本は勝てっこないな。ぼくはあきれるよりまえに情けなくなった。
・・・いつかコバシ少尉が、『このあたりで休戦しないと・・・』といった意味がわかったような気がした。なぜ、日本はこんな状況になってまでも戦争を続けるのか?」

昭和20年8月11日、諜報活動の部隊に転属していたハリス氏は、無線傍受により日本が無条件降伏したらしい、と知る。
「・・・ママのところに帰れる!
一瞬ぼくは心の中で叫んだ。もしもそのときのぼくのハートをレントゲン写真に撮ったとすれば、おそらくバラ色一色に輝いていたことだろう」

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