瀬戸内晴美「遠い声」
瀬戸内晴美「遠い声」は、大逆事件(幸徳事件)で死刑に処せられた菅野須賀子(スガ子、スガ)の物語である。 須賀子は大逆事件で裁かれた26名のうちで唯一の女性である。物語は、赤旗事件の後から死刑執行までの間を中心に、須賀子を取り巻く男たちとの愛憎が描かれている。 単行本の最後には、「付 いってまいります さようなら」という作品が掲載されている。こちらは同じ大逆事件で裁かれた古河力作の、死刑判決を受けてから刑が執行されるまでの心情を描いている。 この「付」が何故付け加えられたのか、私はその経緯を知らないが、水上勉の「古河力作の生涯」と呼応しているようで興味深い。大逆事件は、大日本帝国憲法の第三条「天皇は神聖にして侵すべからず」および、これに関連する刑法第73条「天皇、太皇太后、皇太后、・・・・に対して危害を加え、または加えんとした者は死刑に処す」によって裁かれた事件である。 私は法律の専門ではないので詳しいことは分からないが、「加えんとし」とあるから、計画や意思があっただけでも極刑になるということだろう。 計画はともかく、意思は個人の内心のことであるから裁くにしても根拠があやふやで恣意的である。 大逆事件では天皇暗殺計画があったとされるが、その計画というのも随分と杜撰で実施時期や方法も曖昧である。この暗殺計画の存在を知っていたのは5名ほどで、残りの21名は一般に冤罪(検察による誘導やでっち上げ)だと言われている。 この事件が幸徳事件と呼ばれることから、中心人物は幸徳秋水であるかのように思われがちだが、秋水は理論家であり筆で戦うタイプであるから、暗殺計画には本気でなかったと考えられる。(本書もこの見解に立っている) 須賀子は恋多き女として描かれているが、彼女と関係する男たちの下半身もだらしがない。 菅野須賀子が政府やその権力に対して憎悪を抱くようになったきっかけは赤旗事件であった。 大逆事件では一度に12名もの人が死刑に処せられた。 |
本書には、菅野須賀子はその容貌に対するコンプレックスから隆鼻術の施術を受けたことが記載されている。 |
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