2016年 5月 15日

飯島和一「始祖鳥記」は、2000年に書下ろしの単行本が刊行された。その後発行された文庫版の裏表紙には、「数多くの新聞・雑誌で紹介され、最大級の評価と賛辞を集めた傑作中の傑作」とある。宣伝文句に違わず読み応えのある歴史大河小説である。始祖鳥記
なお、この小説は、史実に基づいた物語のようである(実際、「浮田幸吉」や「鳥人」で検索すると、数々の情報が入手できる)。

時代は江戸時代中期。物語の中心人物は、備前の表具師、幸吉。
幸吉は腕の確かな天才肌の表具師である。しかし、平凡な生活には安住できない性格が時に災いする。現代風に言えばチャレンジ精神と向上心に溢れ、常に変革を求める人である。
その幸吉が、いつしかある夢に取りつかれる。その夢とは、凧を背負って大空を滑空することである。
標題の始祖鳥記は、空を飛ぶことに挑戦した人物の生涯の記録であり、かつ、凧を背負って滑空する姿が始祖鳥に似ているからだと思われる。
それにしても、グライダーなどではなく、凧という発想が日本的で面白い。昔の忍者漫画で、忍びの者が凧につかまって城の中に侵入するシーンがあったが、これはあくまで漫画の世界。人間の体重を考えると現実には無理だろう。

作品は三部で構成されている。
第一部は幸吉の幼少期から、凧を背負って滑空する夢に取りつかれ、ついにはそれを実行に移して大騒動になるまで。
第二部は舞台ががらりと変わり、下総行徳。地廻り塩問屋の伊兵衛と、弁財船「槖駝丸」の船頭源太郎、楫取(機関長)杢平らが物語の中心人物である。しかし、物語が進むにつれ、やがて幸吉との関係が明らかになってくる。
第三部の舞台は駿府。
槖駝丸で海上生活を送ってきた幸吉は、駿府の地で再び陸の生活に戻る。この地では、木綿問屋として成功を収めるが、もともと安住生活に長居はできない性質。
再び大空を滑空する夢を、それも前回よりもさらに高く飛行する方法を思いつく。

物語全体のクライマックスは第三部にあるのだが、他にも読者をひきつける色々のエピソードが盛り込まれている。
例えば、第一部に登場する茶屋女おキヌと幸吉のエピソード。おキヌは松屋で春を売る娘だが、他の茶屋女とは別格の女性。
まだ少年の幸吉と、幸吉の弟弥作をかわいがり、彼らに絵札などを与えてくれる。茶屋の娘は総じて短命、みな三十路を迎える前に亡くなっていく。おキヌも例外ではなかった。
自身の余命を悟ったおキヌはある行動に出る。おキヌの最後の姿が印象に残る。このエピソードでは、おキヌが病気を患っていると知った幸吉が川で捕えた鰻を差し入れするなど、おキヌと少年幸吉との心の交流が描かれている。

この物語に登場する主要人物、幸吉、源太郎、杢平には共通点がある。
それは、男気があり、曲がったことが嫌い。不正を正す実行力、行動力がある点である。彼らは、自利よりも利他を重んじ、幕府の悪政に対抗するヒーロー的な人物として描かれている。
ヒーローの活躍で読者は留飲を下げる、しかしその分、人物像がステレオタイプに感じる面も否めない。

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